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不折の管領  作者: あめたす


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第44話 義教の御教書

第44話 義教の御教書


 パパン!


 お立ち会い! 交渉がまとまり、あとは大団円を待つばかり……とは問屋が卸さないのが、この乱世の恐ろしきところでございます!

 管領・上杉憲実殿が命と胃壁を削って勝ち取った、持氏公の助命という奇跡の和解案。黒衣の宰相・満済殿の根回しもあり、事は順調に進むかと思われました。

 しかし! 京都本社の絶対的トップ、「くじ引き会長」こと足利義教(あしかがよしのり)公の狂気は、憲実殿の精緻な計算式を遥かに凌駕していたのでございます!

 まあ、当時の陣屋に届けられた義教公の書状(御教書)からは、血の匂いなどしない、ただただ純粋で冷酷な殺意の冷気だけが漂い、そりゃあ夏の盛りであっても背筋が凍りつくような恐ろしさであったに違いありませんなァ!(ここで講談師はふと扇子を釈台に置き、己の左の目尻を指の腹で強く揉む)

 これぞ、絶対的権力者の放つ、理不尽極まりないトップダウン!

 さあさあ、不折の管領、波乱の第四十四席でございます!


     *


「……京都からの早馬です。義教公より、直々の御教書(みぎょうしょ)が届きました」


 鎌倉に設けた山内上杉軍の陣屋。

 長尾景仲が、無機質な声と共に、厳重に封をされた書状を上杉憲実の前に差し出した。

 憲実は、冷たい板の間に正座したまま、死んだ魚のような目でその書状を見つめた。満済との交渉から数日。本来ならば、ここで「持氏の隠居と出家を認める」という正式な決済が下りるはずだった。


 だが、憲実の直感が、嫌な汗となって首筋を伝う。

 彼は極限まで浅くした呼吸で封を切り、和紙に書かれた文字に目を通した。


『関東の逆賊・足利持氏、およびその一族郎党、一人残らずその首を刎ね、京都へ送れ。妥協は一切許さぬ。従わぬ者は、同罪として物理的に排除する』


 ……完全なる、和解案の却下。

 それどころか、隠居すら許さず、持氏の血を引く子供たちまで全て殺せという、狂気に満ちた皆殺しの命令書であった。


「……満済殿の根回しは、どうなったのだ」


 憲実は、感情の起伏を完全に殺した声で呟いた。

 この命令は、憲実が組み上げた「コスト削減」のロジックを完全に無視している。持氏一族を根絶やしにすれば、関東は間違いなく修復不可能な大反乱時代(バッドエンド)に突入するのだ。


「満済殿の稟議は、義教公によって物理的に握り潰されたとのことです」


 景仲が、淡々と事実だけを告げる。


「義教公にとって、持氏公は自分の権威(ファンタジー)に泥を塗った許しがたいバグです。あのくじ引き会長は、損得勘定ではなく、『自分に逆らった者は一族ごと消去する』という恐怖のシステムで本社を統治しています。コストの問題ではないのです」


「……馬鹿な。そんな非合理な感情論で、関東の生産インフラを焼け野原にする気か」


 憲実は、膝の上で関節が真っ白になるほど拳を握った。

 彼がこれまで心血を注いで計算し、交渉し、己の社会的信用を犠牲にしてまで作り上げた「関東を維持するための最適解」が、トップの個人的なヒステリーによって、ただのゴミ屑にされた瞬間だった。


「憲実様」


 ドン、と。

 景仲が、御教書の横に、青銅製の重い「印章(ハンコ)」を置いた。


「本社の最終決定が下った以上、我々支社に反論の余地はありません。直ちに称名寺を強襲し、持氏公を物理的に排除するための出撃命令書です」


 景仲の目は、氷のように冷たい。彼にとって、トップの命令が合理的かどうかは関係ない。システムから下達された命令を、ただ忠実に実行するだけだ。


「あなたが京都の傘下に入った以上、この決裁から逃げることは許されません。あなたが坊主になろうが、その頭に管領の帽子を被せて、かつての主君を殺す書類にサインさせるだけです。……明朝の出立までに決裁を。拒否権はありません」


 逃げたい超有能と、絶対に逃がさない現実の悪魔。

 憲実は、直垂(ひたたれ)の懐にある麻の紙の「出家願」がカサリと鳴るのを感じながら、震える手を硯(すずり)へと伸ばした。


 ガリ、ガリ、ガリ。


 ガツン、ガツン。


 理不尽なトップダウンにより、かつての主君を確実に殺すための決裁書類。深夜の陣屋に、かすれた墨の音と、絶望のハンコを叩きつける鈍い音だけが、虚しく響き続けた。


     *


 パパン!


「おお、なんたる理不尽! なんたる絶望! 心血を注いだ和解案を無惨にも踏みにじられ、かつての主君を自らの手で討つよう強要された管領・憲実!

 これぞ、絶対的権力の前に平伏するしかない、中間管理職の血の涙! 己の知略が全て無駄に帰り、ただ処刑人としての役割だけを押し付けられたその胸中やいかに!

 ……まあ、その絶望の裏で、長尾景仲が『はい、方針転換』とばかりに、秒速で討伐の手配を整えていたなど、歴史の美しき物語には決して残らぬ些末なことにございますなァ!

 さあ、本社の決定は覆らない! 称名寺に立て籠もる足利持氏公に、ついに最期の時が迫る! 見事なる忠臣の知略がいかに歴史を動かすのか、次回を乞うご期待!」


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