第43話 使者・満済との交渉
第43話 使者・満済との交渉
パパン!
お立ち会い! 交渉の席とは、血の流れぬ戦場でございます! ただ紙切れ一枚、言葉一つで、何万もの命が左右される極限の騙し合い!
関東の未来と主君・持氏公の命運を懸け、管領・上杉憲実殿が放った起死回生の『和解案』。それを受け取ったのは、京都本社の影の支配者たる黒衣の宰相、満済殿でございます!
……まあ、当時の交渉の場となった寺の客殿には、満済殿が焚き染めた高級な名香の匂いと、憲実殿が滲ませた冷や汗の酸っぱい臭いが混ざり合い、そりゃあ呼吸をするのも恐ろしいほどの重圧空間であったに違いありませんなァ!(ここで講談師はふと扇子を釈台に置き、己の左の目尻を指の腹で強く揉む)
これぞ、武芸ならぬ知略と胆力のみがモノを言う、東国武士の真剣勝負!
さあさあ、不折の管領、波乱の第四十三席でございます!
*
「……つまり、持氏公をここで処刑すれば、関東は半永久的な反乱状態に陥り、幕府の財政を圧迫する。だから生かして隠居させよ、と」
鎌倉の建長寺・客殿。
上座に座る僧衣の男——室町幕府の最高顧問にして『黒衣の宰相』と呼ばれる満済は、手元の書状をパタンと閉じ、底知れぬ笑みを浮かべた。
彼は義教という「くじ引き会長」を操り、京都本社を実質的に回している怪物である。
「憲実殿。貴殿の提示したコスト計算は、非常に論理的だ。だが、それはあくまで『関東側の試算』に過ぎない」
満済は、滑らかな手つきで数珠を弄りながら、憲実の論理を崩しにかかる。
「義教公は、持氏公を『幕府の権威に対する明確なバグ』と認識しておられる。バグは完全に消去しなければ、システムの根幹が揺らぐ。コストがかかろうとも、見せしめとして物理的に排除するのが、我々本社のやり方だ」
下座で平伏する憲実は、冷たい畳の目を睨んだまま、極限まで浅くした呼吸を保っていた。
予想通りの反応だ。精神論ではなく、冷徹な「システム維持」という観点からの反論。
憲実は、ゆっくりと上体を起こし、死んだ魚のような目を満済に向けた。
「……満済殿。本社の認識は甘いと言わざるを得ません」
「ほう?」
「持氏公というバグは、単なる一過性のエラーではありません。関東の武士たちに根付く『独立の気風』という構造的な欠陥そのものです。彼を物理的に排除すれば、そのウィルスは関東全域に拡散し、無限の暴動を引き起こします」
憲実の声には、一切の起伏がない。
彼は、感情や人情ではなく、徹底的な「データ」と「システム論」で本社(満済)を脅しにかかった。
「現在、鎌倉府の金庫は完全に空です。反乱が起きた場合、その鎮圧費用は全て京都本社が負担することになります。今川軍の傭兵費用、兵站の維持、そして関東の焼け野原からの税収減……。それらトータルの損害額は、義教公の権威維持という『見栄』に見合うものですか?」
静寂。
客殿に、名香の煙が真っ直ぐに立ち上る。
満済は、数珠を弄る手を止め、じっと憲実の顔を見つめた。
この男は、「主君への忠義」という綺麗事ではなく、「本社への経済的打撃」という最も生々しい数字で自分を脅迫している。
「……面白い。流石は、関東の実務を一人で回してきた男だ。貴殿の『脅迫』、確かに義教公の痛いところを突いている」
満済は、微かに口角を上げた。
「よかろう。この和解案、私が責任を持って義教公の稟議に通そう。持氏公の命は保証する。その代わり、貴殿には関東管領として、今後一切の反乱を発生させないという『結果』を要求する」
「……御意にございます」
憲実は、再び深く額を畳に擦り付けた。
その顔は、安堵ではなく、終わりの見えない重圧への絶望で歪んでいた。
持氏の命を救った代償として、彼自身が、関東という爆弾を抱えた不具合だらけのシステムを、永久に無給で管理し続けるという「終身雇用(呪い)」を契約させられたのだから。
*
パパン!
「おお、なんたる見事なる交渉術! 天下の満済殿を手玉に取り、見事に主君・持氏公の助命を勝ち取った管領・憲実!
これぞ、武力に勝る知略の勝利! 関東の民も、さぞやこの若き管領の徳を讃えたことでございましょう!
……まあ、その知略の裏で、憲実が『これで俺は一生このブラック職場からバックレられなくなった』と、絶望のあまり密かに胃薬を噛み砕いていたなど、歴史の美しき物語には決して残らぬ些末なことにございますなァ!
さあ、満済の協力を得て、ついに和解の兆しが見えた関東! しかし、京都の義教公が、そう簡単に引き下がるはずがございません! 見事なる忠臣の知略がいかに歴史を動かすのか、次回を乞うご期待!」




