第40話 老害の炎上
第40話 老害の炎上
パパン!
お立ち会い! 組織というものは、時として過去の栄光にすがりつく者たちによって、その息の根を止められるのでございます!
関東の覇権が京都本社へと移り、事後処理が進む中、鎌倉府の伝統を誰よりも重んじた老臣・二階堂!
彼は、迫り来る幕府軍と寝返った国人たちを前に、「鎌倉の誇りは渡さぬ!」と己の館に火を放ち、古き良き武士の意地を見せつけたのでございます!
まあ、当時の館の周辺には、燃え上がる古文書の焦げた匂いと、意味もなく焼け死んでいく者たちの脂の焼ける臭いが立ち込め、そりゃあ無為にして無益な、ひどく息苦しい煙であったに違いありませんなァ!(ここで講談師はふと扇子を釈台に置き、己の左の目尻を指の腹で強く揉む)
これぞ、滅びの美学に殉じた、時代遅れの忠臣の最期!
さあさあ、不折の管領、波乱の第四十席でございます!
*
「燃やせ! 鎌倉府の歴史が刻まれたこの書物、一巻たりとも京都の犬どもに渡してはならん!」
鎌倉・二階堂館。
鎌倉府の政所執事として、代々実務の「形式」を取り仕切ってきた老臣・二階堂が、狂気を孕んだ声で怒鳴り散らしている。
足利持氏の本軍は完全に崩壊し、京都本社の正規軍と寝返った上杉憲実の軍勢が、すでに鎌倉のすぐ外まで迫っていた。敗北は、物理的に確定している。
しかし、二階堂の脳内にあるのは、システムの修復や事後処理への移行ではなく、「美しい敗北」という名のファンタジーだけであった。
彼の指示により、代々受け継がれてきた行政記録、土地の権利書、税収のデータが記された大量の巻物が、次々と炎の中へと投げ込まれていく。
「見よ! これぞ源氏の誇り! 武士の意地よ! 我らは京都の軍門に降るくらいならば、この歴史と共に灰となるのだ!」
二階堂は、燃え盛る炎を前に、うっとりとした顔で両手を広げた。
共に残っていた数少ない家臣たちも、集団ヒステリーに感染したように「おおおっ!」と涙を流し、無意味に炎の海へと飛び込んでいく。
彼らは、自分たちが「歴史に名を残す忠臣」として死んでいくのだと、本気で信じ込んでいた。
パチパチ、ボォォォッ!
炎は館全体を包み込み、鎌倉府が数十年かけて蓄積してきた重要な「行政データ」が、ただの炭素へと物理的に変換されていく。
一方、その様子を遠くから見つめていた上杉憲実は、馬上で死んだ魚のような目をしていた。
「……憲実様」
長尾景仲が、木簡を手に無機質な声で報告する。
「二階堂館からの火の手を確認。事前情報によれば、あそこには鎌倉府の過去三十年分の検地帳と、税収データが保管されています」
「……馬鹿な老害め」
憲実は、感情の起伏を完全に殺した声で吐き捨てた。
彼が怒っているのは、二階堂が反抗したことではない。再構築すべき関東のシステムにおいて、最も重要な「初期データ」を、個人的な見栄のために焼き捨てたという、その絶望的なまでの非合理性に対してだ。
「あれが燃えれば、誰がどの土地を持っているのか、誰からいくら税を取ればいいのか、全て一から再調査しなければならない。関東全域の土地の測量……気が遠くなるような無駄な残業だ」
憲実の胃の腑が、雑巾のように捻り上げられる。
誇りだの伝統だのと喚く連中は、死んで綺麗に終わるかもしれないが、残された実務担当者は、その燃えカスの中からデータを復元するという地獄の作業を強いられるのだ。
「……景仲。消火作業に回せる人員はいるか」
「不可能です。あの火の勢いでは、水をかけてもデータは水損で消滅します。……完全にバックアップなしのデータ・ロストです」
景仲の目は、氷のように冷たい。
「二階堂殿の物理的消滅により、関東の行政システムは一度完全にリセットされました。あなたが坊主になろうが、その頭に管領の帽子を被せて、焦げ跡だらけの土地を歩き回り、一から検地帳を作り直させるだけです。……終わらない残業の追加です。拒否権はありません」
逃げたい超有能と、絶対に逃がさない現実の悪魔。
憲実は、左の目尻を指の腹で血が滲むほど強く揉み込んだ。
「……あんな無駄な炎を『誇り』などと呼ぶから、この国はいつまで経っても……」
憲実のボソボソとした呟きは、遠くから聞こえる二階堂の館が焼け落ちる轟音によって、虚しく掻き消された。
*
パパン!
「おお、なんたる壮絶なる忠義の炎! 鎌倉の誇りを守るため、代々の記録と共に炎に包まれた二階堂殿のその最期!
これぞ、利害打算を超えた、東国武士の真髄! その燃え盛る炎は、後世まで消えることなく語り継がれることでございましょう!
……まあ、その美しい炎の裏で、管領・憲実が『これで来年の税収計算が一からやり直しだ』と、絶望のあまり胃液を吐きそうになっていたなど、歴史の華やかなる絵巻には決して残らぬ些末なことにございますなァ!
さあ、次々と忠臣が散りゆく中、ついに追い詰められた足利持氏公! 見事なる忠臣の知略がいかに歴史を動かすのか、次回を乞うご期待!」




