第41話 追い詰められた社長
第41話 追い詰められた社長
パパン!
お立ち会い! 栄華を極めた者の末路ほど、哀れで惨めなものはございません!
かつて関東十万の兵を従え、「天下の覇者」を自称した鎌倉公方・足利持氏公! 今やその軍勢は雲散霧消し、迫り来る幕府軍と、かつての部下であった上杉憲実殿の軍勢に完全に包囲され、ついに鎌倉の称名寺へと追い詰められたのでございます!
まあ、当時の称名寺の境内には、敗走の泥と汗の饐えた匂いと、絶望に打ちひしがれた僅かな側近たちの荒い呼吸音が充満し、そりゃあ胃が縮み上がるような閉塞感であったに違いありませんなァ!(ここで講談師はふと扇子を釈台に置き、己の左の目尻を指の腹で強く揉む)
これぞ、己の驕りが招いた、孤独なる社長の末路!
さあさあ、不折の管領、波乱の第四十一席でございます!
*
「……なぜだ。なぜ、余がこのような目に遭わねばならんのだ」
鎌倉の外れ、金沢の称名寺。
足利持氏は、本堂の冷たい板の間に崩れ落ちるように座り込み、虚ろな目で宙を睨んでいた。
十万の軍勢は、箱根の灰と飢え、そして今川軍の蹂躙によって完全に消滅した。一色直兼をはじめとする「イエスマン」たちは、金を持ち逃げしようとして農民に殺されるか、我先にと京都側に寝返った。
今、彼に付き従っているのは、数十名の名もなき近習たちのみである。
「余は、源氏の正統なる後継者ぞ……! 天命は我にありと、そう信じて疑わなかったというのに……ッ!」
持氏は、泥に汚れた拳で畳を何度も叩きつけた。
彼の脳内では、未だに「自分は選ばれた存在である」という強固なファンタジーが稼働している。しかし、現実の数字は、彼の生存確率が限りなくゼロに近づいていることを冷酷に示していた。
「公方様……」
煤にまみれた近習の一人が、震える声で進み出た。
「寺の周囲は、すでに幕府の正規軍と……山内上杉の軍勢によって、完全に包囲されております。蟻の子一匹、抜け出すことは不可能です」
持氏の足元で、小さな炭取りの火の粉が、パチッと虚しい音を立てて爆ぜた。
「憲実……あの裏切り者めが……ッ! 余が目をかけ、管領にまで引き上げてやった恩を忘れおって……!」
持氏は、ギラギラと不必要に磨き上げられていたが、今は泥にまみれた大刀の鞘をカチャカチャと鳴らしながら、ギリッと歯を食いしばった。
彼は理解していないのだ。憲実が裏切ったのは「恩知らず」だからではなく、持氏のプロジェクトが「物理的に維持不可能(倒産確実)」だったからだということを。
一方、称名寺を包囲する山内上杉軍の本陣。
上杉憲実は、冷え切った陣幕の中で、死んだ魚のような目を盤上の算木に向けていた。
「憲実様」
長尾景仲が、無機質な声で報告する。
「称名寺の完全包囲を完了しました。持氏公の残存兵力は推定五十以下。我々が一斉突撃をかければ、五分で物理的排除が完了します」
「……待て」
憲実は、ボソボソとした低い声で制止した。
「ここで持氏を殺せば、関東の武士たちに『管領が主君を弑逆した』という消えない怨念を残すことになる。それは、今後の統治コストを跳ね上げる非合理的な選択だ」
憲実は、左の目尻を指の腹で強く揉み込んだ。
持氏を生かしたまま、京都本社(幕府)に「無力化された前社長」として引き渡す。そして、彼を形式的な「隠居」として幽閉し、関東の反乱の火種を完全に消火する。
それが、最も低コストで安全な事後処理のロジックだった。
「……助命の嘆願書を作成しろ。俺の名前で、京都の監査役・満済殿に直接送る」
憲実の言葉に、景仲は微かに眉を動かした。
「……憲実様。京都の義教公が、持氏公の生存を許すとお思いですか? あの『くじ引き会長』は、自分に反抗した者を根絶やしにすることでシステムを維持する方です」
「分かっている。だが、やらねばならん。持氏の首一つで、関東全域のストライキが再発するリスクがある以上、ここは意地でも助命の稟議を通す」
憲実は、冷え切った硯に自ら墨を擦り始めた。
ガリ、ガリ、ガリ。
かつての主君を殺すためではなく、生かすための書類。それは、皮肉にも彼がこれまで行ってきた中で、最も困難で、最も京都本社との摩擦を生む「残業」の始まりであった。
*
パパン!
「おお、なんたる数奇なる運命! かつて天下を号号した主君が、わずかな手勢と共に寺に立て籠もるその惨状!
そして、己を裏切ったはずの管領・憲実が、なんとその主君の命を救わんと、京都への命懸けの嘆願書を書き上げるのでございます!
これぞ、愛憎渦巻く主従の絆! 東国武士の魂のぶつかり合いでございます!
……まあ、その嘆願書の裏で、憲実が『ここで持氏が死んだら、その後の暴動鎮圧でどれだけ残業が増えるか』と、冷や汗を流しながら計算式を弾いていたなど、歴史の美しき物語には決して残らぬ些末なことにございますなァ!
さあ、憲実の命懸けの助命嘆願は、冷酷なる京都本社に通じるのか! 見事なる忠臣の知略がいかに歴史を動かすのか、次回を乞うご期待!」




