第38話 イエスマンの末路
第38話 イエスマンの末路
パパン!
お立ち会い! 組織を破滅へと導くのは、常にトップの狂気だけではございません。その狂気を煽り、耳障りの良い言葉だけを並べ立てる取り巻きの存在こそが、最大の害悪なのでございます!
主君・足利持氏公に「京都討伐」という無謀なるプロジェクトを吹き込み、見事に鎌倉府を崩壊させた最大の戦犯、一色直兼!
本軍が箱根の灰の中で完全に立ち往生し、自壊の時を迎える中、この男はいかなる最期を遂げたのか!
まあ、当時の箱根の山中には、兵たちの飢えと怒りの怨嗟が渦巻き、直兼の身にまとった豪奢な絹の匂いと、彼を襲った農民たちの血生臭い怒りの匂いが交錯し、そりゃあ因果応報とも言える凄惨な幕切れであったに違いありませんなァ!(ここで講談師はふと扇子を釈台に置き、己の左の目尻を指の腹で強く揉む)
これぞ、己の保身のみを追求したイエスマンの、哀れなる末路!
さあさあ、不折の管領、波乱の第三十八席でございます!
*
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
箱根の山中、灰に埋もれた細い獣道を、数人の供回りだけを連れた一色直兼が急ぎ足で進んでいた。
彼の顔は煤で汚れ、かつて軍議の場で威勢よく打ち鳴らしていた軍扇も、どこかで紛失してしまったらしい。何より、彼の背中には、彼自身の身の丈ほどもある巨大な風呂敷包みが背負われていた。
「……急げ! こんな泥舟に、いつまでも付き合っていられるか!」
直兼は、息を切らしながら供回りの兵を急かした。
彼の背負っている風呂敷の中身。それは、鎌倉府の金庫から持ち出した、僅かながらの「軍資金」であった。
数日前まで「源氏の誇りで灰を退けよ!」と末端の兵たちに無駄な死(残業)を強要していた彼だが、今川軍の包囲と補給の完全な停止という物理的現実を前に、ついに持氏を見捨てて逃亡を図ったのだ。
「憲実の奴め……上手く立ち回りおって。俺もこの金を持って、どこか安全な国へ……」
直兼の脳内にあるのは、大義でも忠義でもなく、ただ己の「物理的な生存と資産の確保」のみ。
しかし、彼がその計算式において完全に欠落させていた変数があった。
それは、彼が「気合いで進め」と強要し、飢えと寒さで切り捨ててきた『現場の怨念』である。
ガサリ。
突如、木々の間から灰まみれの男たちが姿を現した。
彼らは正規の兵士ではない。今川軍の略奪と、鎌倉府軍の強制徴発によって住処も食糧も奪われ、ただ死を待つしかなかった相模の農民たち……いわゆる『落ち武者狩り』であった。
「……何者だ! 退け、俺は鎌倉府の重臣、一色直兼であるぞ!」
直兼は、反射的に威圧的な声を上げた。
しかし、農民たちの目は、彼の言葉の「権威」を完全に無視し、彼の背負っている風呂敷包みの「質量」だけに釘付けになっていた。
「……飯……飯をよこせ……」
「ヒィッ!?」
鍬や錆びた鉈を手にした農民たちが、無言で距離を詰めてくる。
彼らにもはや理性はなく、ただ「カロリーを摂取しなければ物理的に死ぬ」という本能のシステムだけで駆動する獣と化していた。
「や、やめろ! 金ならやる! だから命だけは……!」
直兼が風呂敷を放り出そうとした瞬間。
農民の一人が振り下ろした重い鍬が、直兼の頭部にクシャリと鈍い音を立ててめり込んだ。
「ぎゃあっ!?」
倒れ込む直兼に、群衆がアリのように群がる。
彼らは金には目もくれず、直兼の着ている絹の服を引き裂き、わずかな肉片すらも奪い合うように貪り始めた。
かつて会議室で「精神論」を喚き散らし、他人に死を強要してきたイエスマンは、最も唯物論的で泥臭い「飢え」という暴力の前に、文字通り物理的にすり潰され、この世から消滅した。
*
数日後、平井城。
上杉憲実の執務机の上に、長尾景仲が一つの木簡を置いた。
「……一色直兼の、物理的消滅を確認しました。遺体は相模の山中で、原形を留めない状態で発見されたとのこと」
憲実は、冷え切った硯に擦る墨の手を止めず、ただ死んだ魚のような目で木簡の数字を一瞥した。
「そうか。……これで、無駄な稟議を増やすだけのバグが一つ減ったな」
憲実の低い声には、嘲笑も哀れみもなかった。
ただ、不適切なプログラムがシステムから自動的に削除されたという、冷徹な事実確認のトーン。
「持氏公の本軍は、すでに完全に崩壊状態です。公方様ご自身も、少数の側近と共に鎌倉へ向けて敗走中とのこと」
景仲の報告に、憲実は左の目尻を指の腹で強く揉み込んだ。
ついに、この狂った会社(鎌倉府)の最終的な清算処理(倒産)の時が来たのだ。
「……遺体の回収と、身元の確認作業(データ入力)を進めろ。終わらない残業の始まりだ」
ガツン。
冷え切った執務室に、憲実が叩きつける青銅の「印章」の音だけが、虚しく響き渡った。
*
パパン!
「おお、なんたる因果応報! 己の立身出世のみを願い、主君を誤った道へと導いた奸臣・一色直兼の、あまりにも惨めなる最期!
民の怒りと恨みを一身に受け、泥の中で散りゆくその姿は、後世の者への大いなる戒めとして長く語り継がれることでしょう!
……まあ、その惨めな最期の報告を、管領・憲実がただの一つの『バグの修正』として無感情に処理したなど、歴史の美しき物語には決して残らぬ些末なことにございますなァ!
さあ、側近を失い、完全に孤立無援となった足利持氏! 迫り来る幕府軍の追撃を前に、いかなる運命を辿るのか! 見事なる忠臣の知略がいかに歴史を動かすのか、次回を乞うご期待!」




