第21話 富士山の噴火
第21話 富士山の噴火
パパン!
お立ち会い! 人知を超えた大自然の猛威。富士の霊峰がその身を震わせ、天を覆い尽くす黒き灰を降らせたのでございます!
関東の地は一夜にして灰の海と化し、農地は死に、人々の心は明日をも知れぬ不安に塗りつぶされました。組織の危機は、時にこうして天からの警告として降りかかるもの!
民の命を救い、乱れゆく組織をまとめ上げるべく、我らが管領・上杉憲実は立ち上がりました! まあ、当時の執務室には、火山灰の混じったザラザラとした粉塵が舞い、憲実殿の指先は灰を掃う作業で黒く汚れ、口の中までジャリジャリと砂を噛むような凄惨な現場であったに違いありませんなァ!(ここで講談師はふと扇子を釈台に置き、己の左の目尻を指の腹で強く揉む)
これぞ、天災に立ち向かう、東国武士の不屈の闘志!
さあさあ、不折の管領、波乱の第二十一席でございます!
*
ザラリ、と。
障子を開けるたびに、隙間から黒い粉末が室内へとなだれ込んでくる。
富士山の噴火。それは物理的なインシデントとして、鎌倉府のロジスティクスを完全に麻痺させた。
(……詰んだか)
上杉憲実は、執務室の机に積み上がった「被災状況報告書」を眺めながら、深いため息を吐き出した。
報告書には、武蔵、相模、駿河の広範囲において、火山灰による農作物の壊滅、および家屋の倒壊が記されている。これ即ち、今年の年貢の徴収が不可能であることを意味する。
収入がゼロになる一方で、被災地の復旧支援、被災した国人衆への食糧配給、そして凍土での築城工事と、支出は指数関数的に跳ね上がっていく。
「憲実様」
いつの間にか、長尾景仲が背後に立っていた。その肩にも、火山灰が白く積もっている。
景仲は、憲実の顔色など意に介さず、次々と書類を突きつけた。
「被災地の復旧作業に、人足一万を徴用せよとの公方様のご命令です。併せて、この復旧のための緊急予算を捻出するようとのこと」
ドン、と。
青銅製の重い「印章」が、木製の天板を軋ませる。
「……無理だ。食糧がない。火山灰で視界も利かない中、人足を集めればさらなる死者が出る」
「いいえ、やるのです。ここで復旧を怠れば、冬の寒さで領民が凍死し、組織の統治基盤が物理的に消滅します」
景仲のロジックは、常に「最悪の事態を避けるための冷徹な犠牲」を要求する。
「ですが、金庫には一文も残っておりません。復旧のための資材は、どうするのだ」
「相模の有力国人衆に対し、火山灰を掃う作業への協力を強制する。見返りとして、来季の年貢の減免を約束するのです」
減免。それは、ただでさえ枯渇している将来の税収を、さらに前借りして食い潰す行為だ。憲実は、左の目尻を指の腹で強く揉み込んだ。
組織を維持するためには、将来の自分を殺すしかない。
「……反発が予想される」
「そのために、憲実様の名前で『救済の書状』を出します。被災の苦しみと、管領としての個人的な支援を強調し、感情に訴えるのです。……そうすれば、彼らも断れまい」
憲実は、直垂の懐に忍ばせた麻の紙「出家願」がカサリと鳴るのを感じながら、血の滲むような思いで硯に墨を擦った。
「……俺を、英雄に仕立て上げたいのか」
「はい。あなたが英雄として崇められ、身銭を削り、理不尽に耐え抜くほど、組織のシステムは安泰になります。あなたが坊主になろうが、その頭に管領の帽子を被せて、偽りの英雄を演じさせるだけです。さあ、夜が明けます。墨をお擦りください」
逃げたい超有能と、絶対に逃がさない現実の悪魔。
ガリ、ガリ、ガリ。
ガツン、ガツン。
火山灰の降る密室で、かすれた墨の音と、被災地に偽りの英雄として振る舞うための決裁書類にハンコを叩きつける音だけが、深夜の鎌倉府に虚しく響き続けた。
憲実は、黒く煤けた直垂の襟元に顔を埋め、ただ一言、喉の奥で押し殺した声を漏らした。
「……御意にございます」
*
パパン!
「おお、なんたる不屈の闘志! 天災という荒ぶる神の怒りを前に、決して怯むことなく、即座に復旧の算段を立てた管領・憲実!
その迅速なる判断と、民を想う慈悲深き書状に、被災した国人衆はこぞって立ち上がり、見事に鎌倉の復興を成し遂げたのでございます!
これぞ、いかなる試練も乗り越える、東国武士の魂の結束!
さあ、灰の中から立ち上がる鎌倉府! この苦難を越えた先にある栄光とは! 見事なる忠臣の知略がいかに歴史を動かすのか、次回を乞うご期待!」




