第16話 くじ引き将軍の誕生
第16話 くじ引き将軍の誕生
パパン!
お立ち会い! 天下を統べる者は、天命によって選ばれるもの。しかし、その天命がいかに下るかは、時に人の理解を超えることがございます。
京都本社にて、新たな将軍・足利義教公が誕生! なんと、その選定方法は神前での「くじ引き」! この前代未聞の事態に、源氏の正統なる血脈を受け継ぐ我らが鎌倉公方・足利持氏公の怒りは頂点に達しました!
……まあ、当時の政所の床には、公方様の怒りに任せて粉砕された高価な青磁の欠片が散乱し、片付けをさせられる役人たちの、胃液がせり上がるようなすえた溜息の臭いが充満していたなどと申す者もおりますが、それもまた覇者の覇気というものでございましょう!(ここで講談師はふと扇子を釈台に置き、己の左の目尻を指の腹で強く揉む)
これぞ、天下を憂う猛将の怒り!
さあさあ、不折の管領、波乱の第十六席でございます!
*
ガシャンッ!
甲高い破壊音が、鎌倉府の評定の間に響き渡った。
宋から輸入されたばかりの、一つきりで五十貫は下らない青磁の壺が、足利持氏の振り下ろした大刀によって無惨に粉砕された音だった。
「くじ引きだと……!? 天下を統べる将軍職を、あのような神頼みのくじ引きで決めるなどと! 京都の小童どもは、幕府を愚弄するにも程がある!」
バチバチ、と炭取りの火の粉が爆ぜる。持氏はギラギラと不必要に磨き上げられた刃を振り回し、次々と室内にある高価な調度品を物理的に破壊していく。
ビリッ、と掛け軸が裂け、バキリ、と紫檀の文机が叩き割られる。
上杉憲実は、飛び散る青磁の破片が膝に当たるのを感じながら、冷たい板の間に深く平伏していた。
持氏の怒りの理由は、京都本社のトップ人事である。前社長(将軍)の死後、後継者が「くじ引き」で決まり、持氏ではなく義教がその座に就いたのだ。
「源氏の嫡流は、この余であるぞ! なぜ余が選ばれぬ! このような茶番、断じて認めぬわ!」
「公方様の仰る通りにございます! くじ引きなどで選ばれた偽りの将軍など、討ち果たしてしまえばよいのです!」
一色直兼が、粉砕された壺の欠片を踏み躙りながら軍扇を激しく振り下ろし、無意味な着火剤を投下する。
憲実は、畳の目をじっと見つめながら、自身の脳内で高速で算木を弾いていた。
(……壺が五十貫、掛け軸が二十貫、机が十貫。先ほどの暴動で、すでに兵糧米二ヶ月分が物理的に消滅した)
持氏が「血脈」や「天下の道理」といった抽象概念に怒り狂っている間、憲実の脳内にあるのは「この破壊された備品の損失を、どの部署の予算から補填するか」という絶望的な計算式だけだった。
京都の人事に文句を言ったところで、くじ引きの結果が覆るわけがない。無駄な破壊行動は、ただ鎌倉府の資金を削り、清掃業者の残業時間を増やすだけである。
「憲実! お前もそう思うであろう! 京都へ抗議の軍を差し向けるべきだ!」
持氏の大刀の切っ先が、憲実の鼻先数寸のところで止まる。カチャカチャと鳴る鍔鳴りの音が、鼓膜を不快に叩いた。
今ここで「予算がありません」とロジックを提示すれば、次は青磁の壺ではなく、自分の首が物理的に粉砕される。
「……御意にございます。京都の決定は、真に不可解の極み。公方様の御無念、いかばかりかとお察しいたします」
感情の起伏を完全に殺したビジネス敬語で、憲実は深く頭を下げた。
深夜の関東管領邸・執務室。
憲実が、破壊された備品のリストを前に左の目尻を指の腹で強く揉み込んでいると、長尾景仲が足音もなく姿を現した。
その手には、いつものようにクシャクシャになった紙の束が握られている。
「憲実様」
景仲は、疲労で死んだ魚のようになったナンバー2の目を見ても、微塵も表情を変えない。
「公方様が破壊された調度品の補填のための特別徴収令。並びに、新将軍・義教公の就任を祝うための、京都への祝賀使節の派遣費用と進物の稟議書です」
ドン、と。
青銅製の重い「印章」が、木製の天板を軋ませる。
「……公方様は京都を認めておらぬ。その就任祝いの使節など送れば、火に油を注ぐことになるぞ」
「はい。ですから、公方様には内密に、管領名義で裏帳簿から費用を捻出し、こっそりと使節を送るのです。京都との関係が完全に断絶すれば、明日にも幕府の討伐軍が鎌倉へ押し寄せます」
景仲の目は、氷のように冷たく、ただシステムを維持することだけを見据えている。
「あなたが坊主になろうが、その頭に管領の帽子を被せて、裏工作の書類にハンコを押し続けさせるだけです。明日の朝までに、全ての稟議に決裁を。……拒否権はありません」
憲実は、直垂の懐に忍ばせた麻の紙「出家願」がカサリと鳴るのを感じながら、小さく息を吐いた。
上司が物理的に破壊した会社の備品の尻拭いをしながら、その上司が最も憎む相手への祝儀を、自腹を切って裏で送る作業。
「……こんな馬鹿げた仕事、いつか必ず破綻する」
「ええ。破綻するその日まで、一日でも長く帳尻を合わせるのが我々の職分です。さあ、墨をお擦りください」
逃げたい超有能と、逃がさない現実の悪魔。
ガリ、ガリ、ガリ。
ガツン、ガツン。
冷え切った硯の匂いが充満する密室で、かすれた墨の音と、無意味な破壊を埋め合わせるための決裁書類にハンコを叩きつける音だけが、深夜の鎌倉府に虚しく響き続けた。
*
パパン!
「おお、なんたる烈火のごとき覇気! くじ引きという天の気まぐれに屈することなく、源氏の嫡流としての正当性を高らかに叫ぶ公方様!
そして、その猛き主君の怒りを静かに受け止め、鎌倉府の屋台骨を支えんとする管領・憲実! 表では主君に同調しつつも、裏では鎌倉府の存続のために冷徹なる実務をこなすその姿、まさに忠臣の鑑でございます!
さあ、新たな将軍の誕生により、京都本社と鎌倉府の対立は避けられぬものとなってゆく! 果たして、若き管領はこの未曾有の危機をいかにして乗り越えるのか! 見事なる忠臣の知略がいかに歴史を動かすのか、次回を乞うご期待!」




