90.星祭りと故郷への帰還
ルナバッグ工房が始動してから早くも3ヶ月ほどが経過した。
この国では、雪が最も多く積もり移動が困難になる冬の最中、年を跨ぐ「星祭り」と呼ばれる長期の行事が行われるのが慣習となっている。この期間中は多くの職場や商店が1週間ほどの休みを取り、人々は寒さを避けて家族と共に過ごす。
日本のお正月休みの様なもので、ルナバッグ工房も例に漏れず、この星祭りの期間に合わせて冬期休暇に入ることになった。
住み込みの奉公に出ている者たちにとっても、この星祭りは故郷に帰る貴重な機会になっている。
そして今年の星祭り、孤児院では今か今かと2人の帰省を心待ちにしていた。
エリダヌス公爵家で従僕見習いをしているカイと、船乗りの見習いをしているフィリップの二人が、孤児院へと帰って来るとそれぞれから手紙が届いていた。
そして今日、二人はフィリップの勤め先でカストルさんの実家であるゲミニー家の大型の商船に便乗させてもらい、一緒にこの町へと戻ってきた。
「ただいま、みんな!」
「戻ったぞー!」
玄関の扉を開けて入ってきた二人の姿を見た瞬間、アンやダニエルをはじめ、孤児院の子供たちが歓声を上げて駆け寄った。
少し見ない間に、二人の雰囲気は以前よりもずっと大人びていた。
夕食の席は、久しぶりにみんなが揃ったことでこれ以上ないほど賑やかになった。食後、ストーブの側で二人がそれぞれの場所で経験してきた土産話を広げ始める。
まずはフィリップだった。彼は手土産として、大きな木箱に入った「干し魚」と、保存のきく「干し果物」をみんなに差し出した。
「いやぁ、船乗りたちの食生活って想像以上に塩気と固さとの戦いなんだぜ。
食えるのは基本的に干したものか瓶詰めだけなんだ。
でも、俺が魔法で水や火を調整したり、保存状態を魔法で保ったりすると、船旅の間も肉や野菜が食えるんだって!
だから、船長や船乗りのおっちゃんたちにめちゃくちゃ可愛がられてるよ!」
フィリップは胸を張り、得意げに笑ってみせた。
お高く留まったイメージが強い魔法使いが、あえて肉体労働の過酷な船乗りの世界に飛び込み、率先して汗を流す姿は珍しいと、現場の男たちから絶大な信頼を勝ち取っているらしい。
さらにフィリップは、カストルさんから手紙で教わった泥麦病の件についても得意そうに語った。
「あのときカストル兄様から手紙をもらっただろ? すぐに船着き場に居る鑑定士のじーさんを船に引っ張り込んで、俺たちが寄る港町で倉庫のライ麦を片っ端から浄化して回ったんだぜ! じーさんが『お前のような便利な小僧がいて助かる』って、串焼きを奢ってくれたんだ!」
その頼もしい話しぶりに、俺は思わず「すげぇな、フィリップ」と感心して声を漏らした。
一方のカイは、静かにカップの温かいミルクを飲みながら、どこか落ち着いた表情で微笑んでいた。
「……ったく、フィリップは相変わらず威勢がいいな」
そう言って笑ったカイは、エリダヌス公爵家で当主の孫であるザウラク君の従僕(お世話係)になるべく、日々厳しくも充実した特訓を受けているという。
「ザウラク様と一緒に、行儀作法や基礎的な体術、それに勉学を一から学んでるよ。最初は覚えることが山積みで大変だけど、今はとてもやりがいがあるよ」
カイが楽しそうに語るその表情は、かつての皮肉っぽい少年の面影を残しつつ、貴族の使用人としての気品をまとっていた。
しかし、そんなカイのプライベートについて、彼は少しだけ恥ずかしそうに頬を掻きながらこんな裏話も教えてくれた。
「あの……これは内緒なんだけどさ。
雨の音がうるさい夜とか、風がビュービュー吹き荒れるような寒い夜はな、ザウラク様が俺のベッドにスルスルって潜り込んでくるんだ。
『ベッドに入られて気付かない様では、もしもの時にお守り出来ないではありませんか!』なんて、執事長に私が怒られるんだぜ?」
そう言いながらも、まんざらでもなさそうなカイの話の腰を、目を丸くしたフィリップが折った。
「カイお前、今自分のこと『私』って言った?!」
それを聞いてハッとしたカイが耳まで赤くなったのを見て、俺も自然と頬が緩んだ。
なんでも言葉遣いの矯正中らしく、話の途中で混ざってしまうと不貞腐れたように教えてくれた。
そして、カイが持ってきてくれた手土産は、エリダヌス公爵夫人からの心遣いが詰まっていた。他の上級使用人たちは配分として高価な「絹の布地」を受け取ったが、あえてカイには「上等な綿の布地」を用意したと言われたらしい。
「人数が多い孤児院なら、少しの絹より、みんなで普段使いできる沢山の綿のほうが役に立つでしょう」という公爵夫人の温かい配慮により、トランクいっぱいの良質な綿布が孤児院へと贈られた。ルナ姉ちゃんはそれを手で触りながら、「わぁ……すごく肌触りがいい……! カイ、何か作って欲しいものは?」と目を輝かせている。
外の世界に飛び出した仲間たちが、それぞれの場所で自分の居場所を見つけ、しっかりと認められながら成長している。
その事実が、俺にとって何よりも嬉しかった。
外では静かに星が輝き、そこから降る雪がしんしんと降り積もる。家の中では家族や帰ってきた仲間たちの笑い声が絶えず聞こえてくる。
寒さのピークを迎えた冬の夜、孤児院の温かな空気の中で、新しい一年の始まりを祝った。
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次回も明日18時頃投稿予定です
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