↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きっかけは【漢字辞典】〜名前の長い孤児が生きる、漢字が魔法になる世界〜   作者: 七瀬
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/92

81.権限とそれぞれの戦い



「ねえ、カストルさん。

領主様がダメなら、エリダヌス公爵家なら助けてくれない……?」


カストルさんが持ち帰った絶望的な知らせを聞き、俺は思わずそう声を掛けた。

俺の身近な貴族といえばカストルさんとエミルダさんだけど、どちらも貴族の実権を手放しているような人だ。


でもわざわざルナバッグの製作を視察に来て、カイを引き取ってくれたエリダヌス公爵家なら、力になってくれるかもしれない。

それを知る他の人達も一瞬にしてざわめく。領主が動かないのであれば、この町を救える権力者はもっと上の位にいる者しかいない。


だが、疲労困憊で椅子に腰掛けたカストルさんは、力なく首を横に振りながら、ギルドの女性が木のカップに水を持ってきたのを震える手で受け取りながら口を開いた。



「ダメよ、エルちゃん。……実はね、領都にいた時に、私の方からすでにエリダヌス公爵へ手紙を出しているわ。今はその返事待ちの状態よ」


「本当ですか……! じゃあ、公爵様が動いてくれれば――」

「ううん、そう単純じゃないの」


カストルさんは苦しげに眉を寄せながら一気に水を飲み干した後、この国の複雑な政治的構造について説明を始めた。



「今回私が出した手紙は、あくまで商売上の理由――『黒い麦の流行で日雇いの労働者が確保できず、ルナバッグの生産に遅れが出ることのお詫びと状況報告』よ。

確かに、この土地を治める領主とエリダヌス公爵家は『寄親と寄子の関係』にあるわ。

でも、そんなに簡単な話じゃないのよ」


「なんだ?その…『寄親と寄子』ってのは?

どっちが偉いか…みたいな話か?」


誰かがそう呟くのを皮切りに、同様に困惑する周囲を見回してからカストルさんは俺に目を合わせる。俺も首を横に振るのを見てから、重々しい口調で続けた。



「寄親と寄子って言うのは、単なる貴族の上下関係なんかじゃないの。

実質的には、直轄地であるこの領地を領主が完全に切り盛りし、その見返りとして公爵家へ税や上納金を納めることで成り立つ、利害と独立性の強い契約関係なのよ。

いくら上位の家である公爵家であっても、直轄地の実務や内政を取り仕切っている領主の権限に対して、正当な名目もなくいきなり本家が直接介入するのは、他の貴族たちから見れば明らかな『越権行為』にあたってしまうわ。

公爵家が勝手に横やりを入れれば、政治的な対立や、領主側の面目を潰す面倒な禍根を生むことになりかねないのよ。

だから、商売の遅れを口実に手紙を出すのが精一杯だったの……」


それを聞いた俺たちは押し黙った。貴族の世界というのは、これほどまでに雁字搦めになっているのか。目の前で人が苦しみ、命が失われようとしているのに、政治の都合が壁として立ちはだかるなんて歯痒すぎる。


だが、その重苦しい空気を切り裂くように、カウンターの端から静かな声が飛んだ。


「――だったら、私から直接手紙を書いてみようか。『エスメラルダ』という名前でね」


顔を上げると、そこにいたのはエミルダさんだった。彼女はいつもの魔女のようにニヤリと笑い、口を開いた。


「公爵夫人であるシャーロットへ、元同級生からの個人的な私信という形でね。この町の惨状と、領主の怠慢を正確に伝えるくらいなら、私にもできるさね」


エミルダさんが不敵に笑うのを見たカストルさんが眉間にシワを寄せてから、そして深く頷いた。



その一方で、ギルドのもう一つの片隅では、別の絶望の声が聞こえた。


「ふざけやがって……! あの役人ども、俺たちの苦しみを何だと思ってやがるんだ……!」


家で意識を失っている重篤な妊婦の夫である若い農夫が、怒りに震えながら拳を床に叩きつけていていた。役人に対応を拒絶された絶望と怒りが混ざり合い、彼は泣き叫ぶように荒れ狂っている。

しかし、夫がどれほど絶望しても、妻の体内で刻一刻と黒い毒が回り続けている事実変わらない。


「いつまでも喚いていても、嫁さんの具合は良くならないよ。しっかりしなさい!」


ピシャリと言い放ったのは、ロンダ婆さんだった。彼女は険しい顔のまま立ち上がり、ダンッ―と大きく杖を床に打ち付けた。


「アボリーリーは黒い麦の毒を流すが、同時に腹の子を流す劇薬だ。今のあの子の衰弱しきった身体にそれを飲ませれば、確実に母体ごと持っていかれる。……だから、別の方法をとる」


ロンダ婆さんはそう言うと、俺を指差しながらで振り返った。


「エル、お前が手伝いな。妊婦の身体に障らない、もっと別の強力な解毒作用を持つ薬草を探す。

アボリーリーみたいに胎児への影響がはっきりしているものもあれば、効能は強くてもお腹の子にどう作用するか分からない薬草も多いんだ。

だから、お前の鑑定の魔法で確認してから、安全で確実に解毒できる組み合わせをあたしと一緒に調合する。すぐに行くよ!」


「はいっ……!」


俺とロンダ婆さんは急いでロンダ婆さんの店に向かった。

アボリーリー以外の無数の薬草や香辛料の瓶を棚から引っ張り出し、次々と指先をかざしていく。


――『鑑』。


脳内に流れ込んでくる膨大なテキストデータ。ハイパーリンクを次々に開いて、その内容を読み上げていく。


「この薬草は解毒作用が強いけど、血流への作用が強すぎる……!」

「こっちはどうだい?」「ダメだ、これも子宮収縮作用があるって……!」


そうして日が暮れてもランプの下で指先に魔力を集め続けた。


ご覧いただきありがとうございます。


連休の為次回投稿は未定です。

遅くとも24日には再開しますが、よろしけれブックマークしてお待ち頂けますと幸いです。


★や評価、リアクション本当にありがとうこざいます。


励みにしておりますので、よろしければポチッとしていただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。