63. 白い魔法と、溶けない思い出
エリダヌス公爵家からの手紙をルナ姉ちゃんが持ち帰りカイに見せると、それをじっと見つめてからいつもの涼しげな顔を崩さずにぽつりと言った。
「思ったより早かったなー」
その横顔を、俺は少し複雑な思いで見つめていた。
もうすぐここを出ていってしまうという現実が、文字通り形になって突きつけられた気がして、俺はその日の夕食をわざといつもよりゆっくり食べた。
そして――いよいよ、カイが孤児院で過ごす最後の日がやってきた。
俺とルナ姉ちゃんはこの日のためにルナバッグの製作をお休みさせてもらい、こっそりと特別な計画を進めていた。それはもちろん、みんなで食べるためのアイスクリーム作りだ。
当のカイはといえば、「今までお世話になったから」とギルドやエミルダさんをはじめ、贔屓にしてくれた日雇いの仕事仲間や職人さんたちのところへ、朝から一人で挨拶回りに出かけていた。
カイを見送ったあと、俺たちは食堂の片隅で準備に取りかかる。
すると、その気配を嗅ぎつけたのか、小さい子どもたちが「ねえ、何作ってるのー?」と目をキラキラさせながらわらわらと集まってきた。
彼らの視線の先にあるのは、俺が少し前にカストルさんと一緒に買ったばかりの「上質な砂糖」の小袋だ。
日本の真っ白でサラサラとした砂糖を想像していたけど、小袋のなかに入っていたのは薄茶色でゴツゴツとした小石のような砂糖の塊だった。
それでも平民の、まして孤児院の子供たちが普段口にできるような代物ではない。それを目の当たりにした子どもたちは、まるで宝物でも見るかのようにうっとりと目を輝かせている。
「わあ……! あまーいにおいがする!」
「お貴族様みたい!!」
「何を作るの?」
小さな子たちの無邪気な歓声に、俺は思わずにやりと笑いながら頷いた。よし、みんなをあっと言わせる最高のアイスクリームを作ってやろう。
まずは容器の準備だ。先日から、トム兄ちゃんが気合を入れて分厚い丸太から木材を切り出し、表面に『凍』の魔法陣を彫り込んで作ってくれた「凍結箱」がある。
俺はその内側へすっぽりと収まるように金属製の大きな鍋をセットした。
その中に、いつもの川向こうの牛飼いの人から分けてもらう新鮮なミルクを入れ、孤児院の鶏小屋でとれた卵を割り入れた。
そして先ほどの一級品の砂糖を零さないように恐る恐る入れしっかりと混ぜ合わせる。
ここまでは順調だった。
カストルさんの教えてくれたレシピでは、あとは鍋の中身を冷やしながら、時々凍結箱を開けて根気よく混ぜ続けて固まるのを待つだけ――のはずだった。
「……あれ?」
しばらく木べらでかき混ぜていた俺は、だんだんと不安になってきた。
今回は孤児院の全員分という大容量だ。カストルさんが作るよりも圧倒的に量が多いためか、周囲に冷気を伝えているはずの凍結箱だけでは、なかなか中心まで冷え固まってくれない。
外側の鍋はしっかりと冷えているのに、肝心のアイスクリームの液体は、トロリとしたまま一向に固まる気配を見せないのだ。
(やばい、このままだと夕方になっちゃうぞ……!)
「どうしたの、エル? なかなか固まらないね」
隣で様子を見ていたアンが、心配そうにのぞき込んでくる。
焦る気持ちが募り、俺のなかで悪い癖が頭をもたげた。
――待てよ。冷えないなら、直接冷やせばいいんじゃないか?
「ちょっと待ってて、すぐに冷やすから!」
俺はそう言うと、我慢しきれなくなって鍋の真上に手をかざした。
そして、指先に魔力を集中させ、指先で空中に直接『凍』の魔法陣を描いた。
金色の文字がトロリとしたアイスクリームに吸い込まれた次の瞬間、鍋の中は一気に固まり両面に真っ白な霜がおりた。
「「「わぁっ!?」」」
あまりの急激な温度変化に、子どもたちが驚いて飛び退く。
俺も慌てて鍋の中を覗き込んだ。が、そこにあったのは、思い描いていたなめらかなアイスクリームではなかった。
「……あ」
そこにあったのは、完全に魔力で凍結させられた「白い氷の塊」だった。
突発的な魔力をまともに受けたせいで、ミルクの液体は一瞬にして凍りつき、かき混ぜるために刺していた木べらのごと、ガチガチの氷山のように固まってしまっている。木べらは微動だにせず、完全に白い氷の中に閉じ込められていた。
「おいエルどうだー?って、ちょっと待て……これ、どうすんだよ……」
背後から様子を見に来たトム兄ちゃんが、引きつった笑みを浮かべながら固まった鍋を指差す。
俺は冷や汗をダラダラと流しながら、ガチガチになった鍋を必死に引っ張ったが、びくともしない。完全にやらかしてしまった。
完全にフリーズして頭が真っ白になっている俺をよそに、近くにいたアンが「もう、しょうがないなぁ!」と呆れたように声を上げた。
「固まりすぎたなら、温めればいいんでしょ? 竈に火をくべてくるわ!」
「まっ、待てアン! それだと全部ただのミルクに戻っちゃう!
カイが帰ってくるまで間に合わない!」
せっかくの冷たさが台無しになると慌てたその瞬間、やけくそになった俺の脳裏に、ひとつのひらめきが稲妻のように走った。
「……待てよ。全部を溶かすんじゃなくて、表面だけ溶かしてコントロールすれば……」
俺は再びカチコチに凍った鍋の前にしゃがみ込み、今度は震える指先でその表面をなぞるように、別の魔法陣を描いた。
「頼む……! 『溶』!」
最後の一画を描き終えると、指先から放たれた微弱で繊細な熱の魔力が、ガチガチに凍りついた氷の表面をふわりと撫でて吸い込まれていく。
すると、ガチガチだった表面の氷が、うっすらと、しかし絶妙なとろみを帯びて溶け始めた。カチコチだった表面の氷の層が、トロリとした液状に変化していく。
「いまだ……っ!」
俺はすかさず固まっていたスプーンを力任せに引き抜き、ザクザクと勢いよく全体をかき混ぜた。
ガリガリと氷の音がしていた鍋の中から、みるみるうちに空気を含んだ滑らかな白いアイスクリームが現れてくる。中心のシャリシャリした冷たい凍り部分と、表面のとろけた濃厚な液体の部分が綺麗に混ざり合い、見違えるほど美味しそうな質感に仕上がっていった。
「……す、すごいわ……! なんてなめらかなの!」
アンが目を丸くして歓声をあげる。
周りでハラハラしながら見守っていた子どもたちからも、「わあぁっ!」と大きな歓声と拍手が沸き起こった。
ルナ姉ちゃんは、呆れたような顔をしながらも、ふっと柔らかく微笑んで俺の頭をポンと叩いた。
「もう、危なっかしいんだから……でもさすがねエル」
「はは……」
俺が額の汗を拭いながら深いため息をついていると、ちょうどその頃、別の場所――台所の方では、トム兄ちゃんが夕食の準備に取りかかっていた。
「よし、最後のご馳走だからな」と、トム兄ちゃんとアンは手際よく鳥を締め、大きな鍋に放り込む。すぐに、食欲をそそる豊かなスープの匂いがふわりと辺りに立ち込めていった。
アイスクリームの鍋を凍結箱にしまい、スープのいい匂いが漂い始めたその時、ガチャリと孤児院の古い扉が勢いよく開いた。
「ただいま――!」
元気な声とともに、挨拶回りを終えたカイが、少しだけ疲れたような、でもどこかすっきりとした笑顔を浮かべて帰ってきた。
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