62.縫い込む願いと職人の知恵
それからのルナ姉ちゃんは、文字通り寝る間も惜しんで針を動かし続けた。
日中はいつものようにルナバッグの製作をする傍ら、お昼の時間にも生地を広げ、夜が更けてみんなが寝静まった後も、ゆらゆらと揺れるランプの微かな明かりの下で黙々と布地と向き合っていた。
作っているのは、カイのために用意した上質な紺と白の綿生地を使ったトラウザーズとシャツだ。
「少し大きめに作るつもりだけど……カイはこれから、もっと背が伸びるだろうし限界があるわよね……」
ルナ姉ちゃんは作業の手を止め、自分の頭を悩ませるように小さく呟いた。
成長期の俺たちはあっという間に大きくなる。せっかく仕立てても、すぐに短くなって着られなくなってしまうかもしれない。
そう考えた姉ちゃんは、翌日の昼休憩の合間を縫って、軽量鞄の工房で働いている主婦の職人さんたちのところへ回り、あちこちで熱心にアドバイスを求めた。
工房の隅で、お針子として長年働いていたという年配の女性――マリアンヌさんに声をかけると、彼女は手を止めて優しいシワの寄った笑顔を向けた。
「おや、ルナちゃん。そんな真剣な顔をして、どうしたんだい?」
「あの、マリアンヌさん……! カイに服を作ってあげたくて、この上等な布地を買ったんですけど、少しでも長く着られるように仕立てるには、どうしたらいいか教えてほしくて……!」
ルナ姉ちゃんがバッグから取り出した白と紺の布地を見せると、マリアンヌさんは「ほう……」と感心したように目を細め、上質な綿の手触りを確かめるようにそっと撫でた。
「これはまた、とんでもなくいい生地だねぇ。カイ坊が公爵家に行くためのものだろう? それならなおさら、しっかりした仕立てにしてやらないとねぇ」
「はい! でも、孤児院にいると、服が小さくなったら下の子にお下がりするのが当たり前だったから……『同じ服をサイズが変わっても長く着られるように仕立て直す』なんて、どう工夫したらいいのか分からなくて……」
ルナ姉ちゃんの言葉に、マリアンヌさんは「なるほどねぇ、それならあたしに任せな」と頼もしく笑った。
「いいかい、まず袖や裾は、あらかじめ指三本分くらい長めに取って、裏側にたっぷり折り込んでおくんだよ。そうすれば、背が伸びたときにほどいて伸ばせるからね。それに、成長すると肩幅や腰回りもがっちりしてくるだろ? 後ろ身頃やウエストにダーツを少し多めに取っておくのさ」
「ダーツを多めに……?」
「そうさね。あとね、一番大事なのはボタンの位置さ。最初からピッタリの位置に縫い付けちまうとすぐキツくなるから、ボタンを少しずらして着け直せる様に余裕を持たせておくのさ。そうすれば、体型が変わってもボタンの位置を付け替えるだけで、しばらくは余裕で着られるようになるからねぇ」
マリアンヌさんの言葉を聞き逃すまいと、ルナ姉ちゃんは持参した木板に必死で黒鉛を走らせ、目をキラキラと輝かせていた。
孤児院では服をお下がりに回すのが前提だったからこそ、「同じ服を工夫して長く着続ける」という知恵は、ルナ姉ちゃんにとって全く新しい発見だったみたいだ。
「袖や裾を長めに折り込んで……ボタンも後からずらせるように……。すごい! これならカイが大きくなってもずっと着られますね!」
「人のためにこんなに知恵を絞って、夜なべして縫うなんて、ルナちゃんは本当に優しいねぇ。カイ坊も、こんな温かい服をもらったら喜ぶよ」
マリアンヌさんに温かく頭を撫でられ、ルナ姉ちゃんは少し照れくさそうにはにかんで耳を赤くした。
それからの数日間、ルナ姉ちゃんは教えてもらった工夫をすべて自分の針仕事へと注ぎ込んでいった。
夜遅くまでランプの明かりを頼りに、一針一針、丁寧に、そして頑丈に。カイが新しい場所で引け目を感じないように、そして少しでも長く大切に着られるようにと、すべての縫い目に祈るような願いを込めていた。
そんなルナ姉ちゃんを少しでも手伝いたくて、俺はエミルダさんから魔法ランプを借り、毎日『灯』の魔法陣を指先で描き、手元を明るく照らしてた。
そして、夜なべを重ねること数日――。
ついに、3枚の白いシャツと2本の紺色のトラウザーズが見事に完成した。
細部まで美しく仕立て上げられ、将来を見据えた工夫がしっかりと施されたその服は、まるで王都の高級ブティックに並ぶような素晴らしい出来栄えだと、エミルダさんも褒めてくれた。
ルナ姉ちゃんが、完成したばかりの服を作業場の机の上に広げ、愛おしそうにその手でなでていたその時、カストルさんが一通の封書を抱えて作業場へとやってきた。
「みなさんお疲れ様。……ルナちゃん、エルちゃん、これエリダヌス公爵家からよ。一緒に開けて中を確かめてちょうだい」
カストルさんから手渡された封筒の封蝋をゆっくりと破くと、そこには美しい飾り文字でこう綴られていた。
――『カイを迎えにいく日取りについて。今月3回目の水の日、正式に馬車を差し向ける』
その文字を見た瞬間、ルナ姉ちゃんは大きく目を見開いた。
「3回目の水の日って……明後日じゃない!! よかった! ギリギリ間に合ったわ!!」
ほっと息を吐くルナ姉ちゃんを横目に、いよいよカイとの別れがすぐそこまで迫っているという実感が、ずしりと俺の胸に重くのしかかった。
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