61.意地悪な店員と上等な布地
カストルさんに連れられて大通りへと出た俺たちは、さっそくそれぞれの目当ての品を買うため、街の賑やかな商店街へと足を踏み入れた。
「それで、二人とも何を買う予定なのかしら?」
鮮やかなドレスの裾を揺らしながら歩くカストルさんが、振り返って尋ねる。俺は少し照れくさそうに頭を掻きながら答えた。
「俺は……砂糖が買いたいんです。カイがもうすぐ公爵家に行っちゃうから、その前にみんなでアイスクリームを作って、また一緒に食べたいなって思って」
「あら、素敵ねぇ。じゃあ、まずはエルくんのお目当てからいきましょうか」
カストルさんに案内してもらい、俺たちは高級な香辛料や砂糖を扱う店へと入った。そこでカストルさんからアイスクリームの詳しい作り方を教えてもらいながら、上等な砂糖の小袋を選んでもらった。
しかし、値段を見て俺は思わずその場でめまいを起こしかけた。ほんの小さな小袋なのに、お値段はなんと「小金貨3枚」。大金貨を持っているとは言え、平民の感覚からすれば目が飛び出るほどの高額だ。
冷や汗を流しながら、俺は震える手でその貴重な小袋を収納用の軽量鞄にそっとしまい込んだ。
「ふふ、驚いた顔をして。いいのよ、餞別のための贅沢なんでしょう?」
カストルさんが優しく笑ってウインクをしたあと、今度はルナ姉ちゃんの番になった。
「ルナちゃんは、何が欲しいのかしら?」
「あたしは……上等な布地が買いたいんです」
ルナ姉ちゃんの控えめな答えに、カストルさんはふわりと優しげな笑みを浮かべた。
「やっぱり、小さくても立派なお針子さんねぇ。服を仕立てる材料を探しているのかしら?」
カストルさんは「それなら、最近すごく流行っているお店があるのよ」と、俺たちを街の片隅にあるお洒落な生地屋へと案内してくれた。
――カラン、とドアベルを鳴らしてその店に入った瞬間、きれいな服を着た中年の女性が話しかけてきた。
「あら、これはこれはカストル様!! ようこそおいでくださいました! どうぞご覧ください」
そう言って恭しく案内されるカストルさんの後ろを、俺とルナ姉ちゃんはついて回った。
色鮮やかな生地が並ぶ豪華な店内で、手触りを確かめようと手を伸ばしたルナ姉ちゃんを見た店員の男が、あからさまに眉をひそめて近づいてきたのだ。
「おい、そこの子どもたち。ここは冷かしで入っていいような店じゃないんだ。汚い手で商品に触るんじゃないよ」
さらに、店員はカストルさんの顔を見ると、わざとらしく溜息をついた。
「まったく……いくらカストル様でも、お付きの面倒まで見きれないなら、店の中に連れ込むのは控えていただきたいものですな」
あきらかに見下したような嫌味な物言い。それを聞いた瞬間、カストルさんの表情がスッと冷たく凍りついた。
カストルさんは、美しく染めたバラ色の唇をゆっくりと開き、冷ややかな声で言い放った。
「……あら。今日は『お付き』なんかじゃなくて、大切な『お客様』を連れてきたつもりだったのだけれど……」
カストルさんは店員の顔をじっと見据え、さらに続けた。
「でも、おたくの店員のその教育のなっていない態度を見たら、余計なお世話だったようね。
――安心してちょうだい。もう二度と、この店には来ないわ。ワタシもね」
それだけ言い残すと、カストルさんはくるりと華麗に身を翻し、俺たちの手を引いてその店をすっと出てしまった。
外の明るい日差しの下に出ると、カストルさんはさっきまでの冷たい表情を和らげ、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ふう……こんな無礼な店に連れてきちゃってごめんなさいね、二人とも。特にルナちゃん、嫌な思いをさせてしまって本当にごめんね」
「い、いえっ! カストルさん、ありがとうございます……!」
慌てて首を横に振るルナ姉ちゃんに、カストルさんは「さあ気を取り直して、今度はとびきり素敵なお店に行きましょう!」と、今度は老舗の落ち着いた生地屋へと俺たちを連れて行ってくれた。
その店は先ほどとは打って変わって、店員も穏やかで品が良かった。
店の中を丁寧に見て回ったルナ姉ちゃんは、やがて奥の棚で足を止めた。そこにあったのは、まるでシルクのように滑らかで、上質な手触りの綿の生地だった。
赤やブルーなどの色鮮やかな生地が並ぶ中から、雪のようなまっさらな白と、夜空のような上品な濃紺の2色を選び出す。
「これに……します」
「おや。小さいのにお目が高い。これはこの店で一番上等な綿なんですよ。王都にもなかなか出回らない品物なんです」
初老の店員さんはそう言って、その二色の布地を丁寧に包んでくれた。
帰り道、買ったばかりの布地を大事そうに抱えているルナ姉ちゃんに、カストルさんは優しく問いかけた。
「いい買い物ができたみたいね。ワンピースでも作るのかしら? にしても、もうちょっとかわいらしい色がよかったんじゃない?」
それを聞いたルナ姉ちゃんは、小さく唇を開いた。
「カイが公爵家に行ったとき、身なりのことで辛い思いをしないように……って思って。トラウザーズと、きちんとしたシャツを仕立ててあげるの……」
少し頬を赤らめて、買ったばかりの布地をギュッと抱きしめながら呟いた。
「私にできることなんて、これくらいしかないから……」
そう言ってふっと切なそうに微笑んだルナ姉ちゃんの横顔を見て、俺は胸が熱くなるのを感じていた。
ご覧いただきありがとうございます。
次回も明日18時頃投稿予定です
★や評価、ブックマークなども
本当にありがとうこざいます。
励みにしておりますので、よろしければポチッとしていただけますと幸いです。




