59.魔女たちの高笑いと美しい手紙
長らくお休みをしましたが、更新を再開いたします。
俺が窓の外の夕陽を眺めながら、アイスクリームの甘い空想に浸っているうちに、いつの間にかカイがザウラク君を抱えてギルド長室に入ってきていた。
まだ目が覚めきっていないのかザウラク君は少しぼんやりとした顔で、カイの服の裾をぎゅっと握りしめている。
どうやら、カイは既にザウラク君の信頼を勝ち取ったみたいだった。
エリダヌス夫人は孫のザウラク君に向き直ると、カイと見比べてから、ゆっくりと問いかけた。
「ザウラク。このカイを、あなたの従僕にするのはどうかしら?」
夫人の穏やかな問いかけに、ザウラク君は戸惑ったように小さく視線を彷徨わせた。
すると、隣に控えていたエミルダさんが、にやり笑みを浮かべて身を乗り出す。
「おや、心配しなくても大丈夫さ。このカイはね、とっても真面目で優しい子だよぉ。ただ、怒らせるとちょーっと怖いけどねぇ?」
その言葉は間違いなく本心なのだろうが、エミルダさんの浮かべた笑みは、どう見ても童話に出てくる意地悪な「魔女」のそれだった。そのあまりの凄みに、ザウラク君は「ひっ……」と顔を引きつらせて完全に固まってしまう。
その様子を隣で見ていたカストルさんは、ケタケタと甲高い声で笑った。
今日の男性の装いを忘れたようにいつものオネエ言葉に戻ってしまっている。
「あらヤダ、先生に睨まれてすっかり縮こまっちゃって……。
ねえ、ザウラク様? 先生のそのお顔が怖すぎて、すっかり動けなくなっちゃったじゃない」
カストルさんのその茶化すような笑い声と、さらに迫る魔女の圧力に耐えかねたのだろう。ザウラク君は「ひぃっ!」と小さな悲鳴を上げると、咄嗟に横にいたカイの背後へと逃げ込み、その背中にギュッと顔を埋めてしまった。
自分より少しだけ大きなカイの背中にすっぽり隠れ、二度と出まいと身を固くする孫の姿を見て、エリダヌス夫人は肩の力を抜き、やれやれとほっと息を吐いた。
「……二人とも、あんまり驚かせないでちょうだい。にしても、この短時間でずいぶんと気を許したようね」
夫人は呆れ半分、安心半分といった様子で苦笑すると、今度は机へと優雅に体を向き直した。
夫人は背筋をピンと伸ばし、インク壺から美しい羽根ペンを手に取り、さらさらと心地よい音が室内に響く。
単なる手紙とは思えない、まるで工芸品のような、うっとりするほど繊細な飾り文字が連なる美しい書簡だ。
その洗練された指先の動きがあまりに優雅で、つい先ほどまでアイスクリームのことで頭がいっぱいだった俺も、思わず見入ってしまう。
隣にいたルナ姉ちゃんは、俺以上にキラキラと目を輝かせていた。
針と糸を操り、刺繍の美しさを追求するお針子にとって、その美しい文字は憧れの対象なのだろう。ルナ姉ちゃんは頬をほんのりと赤く染め、夫人の手元から一瞬たりとも目を離さずにうっとりと見惚れている。
夫人は顔を上げることもなく、優雅なリズムで文字を書き続けながら、不意に俺へと言葉を投げかけた。
「エル。あなたは、王立学園の特待生を目指すのでしょう?」
「……はい。絶対に」
俺が力強く答えると、夫人は手紙に最後のサインを書き入れ、ふわりと柔らかな笑みを浮かべて俺の方を向いた。
「そう。なら、あなたが学園に通う翌年には、ザウラクも後輩として入学することになるわ。その時は、先輩としてあの子のことをよろしくね」
それはただの社交辞令のようでいて、夫人の瞳の奥には、俺の進む道と孫の進む道がいつかどこかで交差することを確信したような、温かな光が宿っていた。
俺たちは孤児院長宛の正式な手紙を託されると、感謝を告げてギルドを後にした。
夕闇が街を包み始める帰り道。俺は、これから始まる新しい生活に思いを馳せているようなカイの背中を見ながら、孤児院へと続く道をゆっくりと歩き出した。
その背中には新しい目標への希望が、俺の胸には学園という大きな舞台への決意が芽吹いている。
背後で少しずつ遠ざかるギルドの灯りを見ながら、俺は改めて拳を握りしめ、我が家である孤児院へと少し早足で帰路を急いだのだった。
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次回も明日18時頃投稿予定です
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