57.幼い寝顔と貴人の決意
自分たちに視線が一気に集まったことに気づいたカイは、きょとんとして大きな目をぱちくりとさせ、小首を傾げた。
エリダヌス夫人ははっと我に返り、すぐに託児スペースの脇に控えていたお仕着せ姿の従女を呼びつけた。
「あれはいったい何があったのかしら?
詳しく説明してちょうだい。あの子がどうして、あんなふうに……」
慌てて駆け寄った従女は、平身低頭した様子で弁明を始めた。
「は、はいっ! 最初は二人は隣に座って、おとなしく窓からの景色を眺めておりましたがザウラク様が、コクリコクリと眠たげになされまして……
そうしたら、あの子が……自分の膝にザウラク様をそっと乗せて、頭を撫でられたのです。
私が驚いて声をかけようとした時には、ザウラク様はもう、あんなふうにスヤスヤとぐっすり眠り始めてしまって……」
従女の言葉を聞き、夫人は驚愕に目を見開いた。そして、自分の孫の寝顔へと再び目を向けた。
「……あの子が、人の膝の上で……?」
夫人は思わずといった様子で、驚いたように小さく呟いた。
「昔はね、私や主人の膝の上でよくああして眠っていたのよ。
けれど息子夫婦…あの子の両親と兄が領地で暮らすようになってから、すっかりおとなしくなってしまって…
それに加えて行儀作法なんかの教育が始まってからというもの、あの子はピリピリして、私や従女の前でも甘えた姿なんて見せなくなってしまったの……」
「なにかあった時のために跡取りの男子は、王都と領地でそれぞれ育てられるのが、高位貴族の通例だからねぇ」
エミルダさんは少し寂しそうにボソリと呟き、カストルさんもそれに頷いた。
親元をはなれ、祖父母の家で厳しい教育を受けているというザウラクくんがベッド以外の場所、しかも初対面の他人の前で、あんなに無防備でぐっすりとした寝顔を見せる姿が余程珍しいのか、夫人はまじまじとその寝顔を見ている。
それを少し離れた場所で見ながら、俺は心の中で密かに納得していた。
俺たち同い年三人組――俺と、カイと、フィリップの中で、カイは一番大人っぽい性格をしている。
その分、ちょっと皮肉っぽい物言いをすることもあるけど、根が意地悪なわけじゃない。
むしろルナ姉ちゃんを手伝って孤児院の小さい子たちの面倒を本当によく見ているから、俺にとっても頼れる存在だった。
同い年だけど、俺にとってはどこか「兄貴」のように思えるところがある奴なのだ。
孤児院という環境で育った俺たちは、下の子をあやしたり世話をするのが日常茶飯事だ。
カイにとっても、貴族の子供であろうがなかろうが、自分より小さい子を寝かしつけるのは簡単なことだったのだろう。
視線が集まり続けるのに耐えかねて、カイがその場に座り込んでいるザウラクの体を、まるで麦袋を担ぐかのように、ぐいっと器用に抱き上げた。
見ているこっちがハラハラして息を呑むがカイは足元をふらつかせることもなく、危なげない足取りでそのままこちらへトコトコと歩いてくる。
しかも、その雑な移動の最中であるにもかかわらず、ザウラク君はカイの肩にすっぽりと顔を埋めたまま、目を覚ます気配すらない。
すうすうと静かに寝息をたてて、熟睡しているのが一目でわかる。
カイのその包容力と安心感を目の当たりにし、夫人は完全に言葉を失っていた。
ゴクリ、と誰かが小さく喉を鳴らす。
その横で、ザウラクの寝顔とそれを涼しい顔で運んできたカイの姿を交互に見つめながら、夫人の瞳の色がフッ――と変わるのが見えた。
その瞬間、エリダヌス公爵夫人の顔にこれ以上ないほど強く揺るぎない光が宿り、彼女は何かを決定づけたように小さく頷いた。
ご覧いただきありがとうございます。
次回 木曜17時頃投稿予定です。
★や評価、ブックマークなど、本当にありがとうこざいます。
励みにしておりますので、よろしければポチッとしていただけますと幸いです。




