56.暴れ馬と誘導馬
エミルダさんの言葉にシャーロット――エリダヌス夫人は、わずかに目を細めてその先の言葉を待った。
俺も息を呑んで、ぎゅっと身構えてエミルダさんの次の言葉を待った。
「アンタはね、エルというものを勘違いしているよ、シャーロット」
エミルダさんは作業台の椅子にどっしりと腰掛けてから、ふんと鼻を鳴らした。
「従者も執事もね、主人の意向や希望を先回りして読み取って支え、動くものだろう?
アンタが求めているのは主人が言葉にしなくても、まるで意思疎通ができているかのように安全な目的地へと連れていってくれる、頭のいい誘導馬のような人間だろう?」
「……もちろん。
それが我が家にふさわしい、優秀なフットマンの条件よ」
夫人が静かに肯定すると、エミルダさんはやれやれといった呆れ顔を浮かべて、首を振った。
「だったらなおのこと、エルは絶対に違うね。あいつを馬に例えるなら、暴れ馬だ。
それも、どこへ突っ走るか本人すら分かってないような種類のね」
――あ、暴れ馬って……俺、そんなに落ち着きないか……?
心の中でツッコミを入れつつも、思い当るフシが全くないわけでもないので、俺は気まずくなってそっと視線を逸らした。
「魔法の腕や、商売に必要な計算は確かに並外れている。だけどねぇ、文字の読み書きなんて名前すら怪しいもんだし、第一、こいつは考えるより先に体が動く。
その結果が、このルナバッグの発明を生み出したわけだがね……
まぁ、カストルあたりはこのところ散々振り回されて、胃に穴が空きそうなもんだけどねぇ……」
「……確かに、彼からの報告書を読むと、毎回のように新しい事件が起きているようだけれど……」
名前が出たカストルさんは、肯定するように手のひらを頬にあててため息を吐いた。
夫人も遠い目をしながら、ふっと小さく苦笑した。
「だろう? 主人の意図を汲んで導くどころか、周囲を巻き込んで次々と新しい風を起こしてしまう。
そんな気性の人間が、貴族の屋敷のしきたりや主人の機嫌を窺う裏方に収まるわけがないのさ」
エミルダさんの言葉は、驚くほど的確だった。
俺自身、誰かの後ろについてサポートする生き方は想像ができない。
自分で考えて作って、道を切り開いていくほうが性に合っている自覚はある。
さらに、エミルダさんは呆れたように言葉を続けた。
「そもそもエルは、小さい頃から日がな一日、孤児院の前で地面を弄くってボケっとしているような子どもだったんだよ。自分より小さいやつの面倒を率先して見るような、面倒見のいいタイプじゃないのさ」
そこまで言われてしまうと、もう返す言葉もなかった。
俺がタジタジと気まずそうにしていると、エミルダさんはふっと表情を和らげ、作業場の隅――子どもたちが集まる託児所の方へと視線を向けた。
「むしろ、従者や人の補佐に向いているのは……ああいうタイプさね」
言われるがまま俺も、そしてエリダヌス夫人も同じ方向へと目を向けた。
そこにあったのは、先ほどまで見学に飽きて退屈そうにしていたザウラク君とカイの姿だった。
その小さな身体をすっぽりと包み込むようにして、カイの小さな腕の中で、ザウラク君はすやすやと穏やかな寝息を立てて眠りこけている。
人見知りで、あんなに緊張していたはずの公爵家の御曹司が他人の腕の中で、しかも初対面の人間の前で、これほど無防備に眠っている。
そのあどけない寝顔は、ザウラク君がカイにどれほど心を開いたのかを物語っていた。
「……あら」
それを見たエリダヌス夫人は、言葉を失ったように目を見張り、それから小さく息を呑んだのだった。
ご覧いただきありがとうございます。
次回も明日17時頃投稿予定です
★や評価、ブックマークなども
本当にありがとうこざいます。
励みにしておりますので、よろしければポチッとしていただけますと幸いです。




