50.本当の成果と新たな計画
700個のルナバッグの生産とフィリップが孤児院を発つという、嵐が過ぎ去り、僕らの孤児院には穏やかな日常が戻っていた。
それから――気づけば、二ヶ月という月日が流れていた。
エミルダさんの作業場の片隅では、今日も主婦たちが集まって井戸端会議をしながら針を動かしている。
初めの頃に作り上げた700個のルナバッグは、エリダヌス公爵家へと納品され、下級私兵の元で過酷な現場で連日酷使されていた。
そして二ヶ月が経過した今、その実証結果がギルドへと持ち込まれた。
「――結論から言うと、大成功よ」
ギルド長室のデスクに座るカストルさんは、封蝋のついた手紙をパサリと置き、艶やかな笑みを浮かべた。
彼の向かい側に座る俺とルナ姉ちゃんは、緊張で手に汗を握りながら言葉を待った。
「エリダヌス公爵家の協力の元でテストを重ねた結果、あのルナバッグの魔法耐久は、約二ヶ月と確定したわ」
「二ヶ月……。エルが毎日使っていた試作品と同じね」
ルナ姉ちゃんが、ほっと胸を撫で下ろして微笑む。
だが、カストルさんの表情には、さらに深い笑みが浮かんでいた。
「問題は、その"魔法が切れた後"よ。
アタシが予想した通り、後からもう一度軽量魔法を再付与できることが分かったわ。
現場の兵士たちでも、使用している本人や周囲の人間がもう一度魔法を付与できることが実証されたわ」
「えっ、再付与ができるんですか?」
「ええ。冷却箱が再付与が可能な様にね。
下級私兵とはいえ、公爵家に属する人間たちよ。簡単な軽量魔法が使える者はいくらでもいる。
つまり、一度買って終わりじゃなく、魔法をかけ直しながら長く使い続けられる極めて実用的な鞄ってことが証明されたわ」
カストルさんの言葉に、俺は深く頷いた。
消耗品ではなく、修理、付与しながら長く使える。
それが証明されたのだ。
「そして、ここからが一番面白いビジネスの話よ」
カストルさんは楽しげに赤い唇を吊り上げ、一枚の契約書を俺たちに見せた。
「当初、私たちが想定していたルナバッグの販売価格は『一個あたり大銀貨五枚』だったでしょう?
だけど、エリダヌス家との正式な契約では、少し裏の取り決めがあったの」
カストルさんが指し示した項目を覗き込んで、俺は思わず声を裏返した。
エリダヌス家への納入において、もし再付与ができなかった場合、エリダヌス家からの支払いは「一個あたり大銀貨三枚」とされる取り決めになっていた。
しかし――。
「再付与ができれば、なんと『大銀貨八枚』での支払い、しかも定期購入の確約付きよ」
「だ、大銀貨八枚……!?」
あまりの跳ね上がりように、ルナ姉ちゃんが目を丸くして絶句する。
最初の予想をはるかに超える高額な取引だ。
「まあもちろん、エリダヌス公爵家でも再付与が出来るような代物なら、優先購入の狙いもあるの。
どちらにも利益のある話よ」
「カストルさん、それにしても再付与ができなくて大銀貨三枚になったら、赤字になりませんでした?」
俺が不安になって尋ねると、カストルさんはフッと優雅に鼻を鳴らした。
「ふふ、甘いわねエルちゃん。
検証サンプルは多ければ多いほどいいし、そもそも大銀貨三枚でも、こちらは十分に利益が出る計算よ。
それに原材料の使い古しの帆布は、貿易船を多数所有するアタシの実家から、ほぼ無料で手に入れているんだから」
リスクを最小限に抑えつつ、最大の獲物を狙い撃つ猛禽類のような圧倒的な手腕に、俺はただ感心するしかなかった。
「ねえ、エルちゃん。
エリダヌス公爵家に正式採用された以上、その派閥からも今回の規模以上の契約が、今後もどんどん舞い込むわ。
今回の利益でルナバッグ工場建てちゃわない?」
二ヶ月というこの時間と実証実験で、ルナバッグは単なる「弱者の手仕事」から、大きな「事業」へと成長をはじめた。
俺が学園に行ってからも、孤児院がお腹いっぱいご飯を食べられる様に……
エミルダさんの作業場の一画を借りるのではなく、専用の工房を建てる計画が始まった。
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次回、明日17時頃投稿予定です
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