表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きっかけは【漢字辞典】〜名前の長い孤児が生きる、漢字が魔法になる世界〜   作者: 七瀬
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/55

49.完成と旅立ち



「終わったーー!!」


作業場に響き渡った俺の叫び声に、固唾を飲んでいた人たちの割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。


10日ほどの日数をかけて、ついに目標である700個のルナバッグがすべて完成したのだ。


作業場のあちこちに積み上げられている、鞄が入った木箱の山を見て、みんな達成感に満ちた笑顔を浮かべている。


そこへ、エミルダさんとカストルさんが検品のために入ってきた。二人は一つひとつ手際よく、縫製のほつれや魔法の定着具合を確かめていく。やがてカストルさんが真っ赤な唇を吊り上げて微笑んだ。



「合格よ。どれも完璧な仕上がりだわ」



その瞬間、作業場は今日一番の大歓声に包まれた。


集まった主婦や老人たちが、お互いに抱き合って涙を流している。

杖をついた老人が、震える手でこれまで受け取った小銀貨を握りしめながら、「これで、孫に新しい靴が買ってやれる……」と声を詰まらせていた。


その姿を見たとき、俺たちのやってきたことがただの「商売」ではなく、誰かを救うものだったのだと胸が熱くなった。



俺は合格したルナバッグが入った木箱の彫り込みへ、指先を向けた。


『軽』の魔法陣をなぞるように指先を光らせ、軽量魔法をかけていく。

大量の軽量鞄を、軽量木箱に収めていく光景を見ながら俺は内心で、「マトリョーシカかよ!」とツッコミを入れつつも、こみ上げてくる熱いものを必死に堪えていた。


「あの……今日でこのお仕事は終わり、なんですか?」


胸に小さな子どもを抱いた不安そうな主婦の声に、俺はチラリとカストルさんを見た。

クイッと顎を動かすのを見て、俺ははっきりと声を張り上げた。


「終わりません! 今回は貴族の私兵向けでしたけど、これからは一般向けの販売分を作ります。規模は少し小さくなりますが、ルナバッグの工場はこのまま続けます!


ちなみに、今回の700個の評判が良ければ、追加がかるかもしれません!」



その宣言に、作業場は温かい拍手と「よかったぁ!」という安堵の声で満たされた。






そして翌日。

カストルさんがずらりと荷馬車を引き連れ、完成した700個のルナバッグの納品へ向かった。


いつものドレスではなく、騎士服で大きな馬に乗るカストルさんを見た女性たちが黄色い声をあげるのを横目に、軽快に手綱を操って出発した。





同じ日の午後、いよいよフィリップが船乗りの見習い奉公へと発つ日を迎えた。

町を抜けた川沿いの船着き場で、フィリップを見送る。


そのフィリップの背中には、ルナ姉ちゃんが特別に名前を入れてくれた、世界に一つだけの特製ルナバッグが背負われていた。



「それじゃあ、行ってくる!」



フィリップは照れくさそうに、でも満面の笑顔でそう言った。

俺たちはみんなで手を振り、爽やかな水の匂いが満ちている船着場で、大きな川船に乗り込むフィリップを見送った。



タラップを登り、船の上からこちらを振り返るフィリップの姿は、子供っぽいいたずら好きの顔から、どこか頼もしい顔つきに変わり始めているのを感じた。



「体に気をつけてね! 定期的に手紙書きなさいよ!」

「寂しくなったら、その鞄を抱きしめなさい!」

「いつでも帰ってこいよ!」


みんな口々に声をかける。

フィリップは二、三ヶ月おきにこの町へ帰ってくる。ここは中継地点だと、頭では理解しているつもりだった。


けれど、船頭の笛の音とともに、船がゆっくりと岸を離れていくと――。


「うっ……うぅ……っ!」


隣から、小さく押し殺したような泣き声が聞こえた。


見ると、アンが両手で顔を覆い、大粒の涙をボロボロとこぼしている。

そのすぐ隣ではルナ姉ちゃんが、唇を震わせ隣に立つトム兄ちゃんの袖をぎゅうっと掴みながら、小さく震える手で何度もハンカチを目元に押し当てていた。


離れていく船の上で、フィリップが大きく、大きく手を振っている。

その姿が船着き場から離れ、どんどん遠くへ、段々小さくなっていく。



「いってらっしゃい――!!」



俺が叫んだ声を最後に、フィリップの姿は川下の霧のの向こうへと消えていった。




その日の夕飯のテーブルは、いつもよりずっと静かだった。


大きなテーブルの上には、アンの温かいシチューが並んでいるのに、なぜかスプーンを動かす音だけがやけに大きく響いた。


テーブルの端――いつもフィリップが座っていた席には、誰も座っていない椅子だけが、ぽつんと寂しく取り残されている。



いつもなら今日の仕事の話や、フィリップの他愛のない冗談で賑やかだった空間。

そこに彼がいないというだけで、孤児院の食堂はこんなにも広く、静かに感じられるものなのだろうか。



「……静かだな…。」



カイも同じ事を思ったようで、ボソッと呟いた。

俺は頷きながら隣のカイも、他のみんなも、いつここを旅立ってもおかしくない事に気付き胸がぎゅっと締め付けられる様な気持ちになった。



ご覧いただきありがとうございます。

次回も金曜日の17時頃投稿予定です


★や評価、ブックマークなども

本当にありがとうこざいます。


励みにしておりますので、よろしければポチッとしていただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ