48.ルナバッグ工場③
「さーて、今日も始めるわよ!」
作業場にカストルさんの声が響き渡る。
ルナバッグの生産が軌道に乗るにつれて、噂を聞きつけた人たちが次々と集まり、働く人たちの数はついに50人まで増えていた。
30人の縫製班と、20人の刺繍班に分かれてエミルダさんの作業場のスペースを最大限に借りている。
そのため、これ以上人を増やすのは物理的に不可能だったが、人数が増えたことで生産体制は完全に最適化されていた。
その結果、一日の生産数は目標としていた100個のペースでしっかりと落ち着きを見せるようになった。
700個という途方もない数字も、この調子でいけば一週間足らずで達成できる計算になる。
俺の日常のルーティンもすっかり定着していた。
午前中はエミルダ先生のそばで木箱に付与魔法をかけ、ノルマを黙々とこなす。そして昼からは、刺繍班に合流して魔法の固定作業を手伝うのが日課になった。
さらに、嬉しい助っ人も加わっていた。
作業場の一角にある託児スペースには、孤児院の小さな子供たちを連れたアンが、手伝いに来てくれるようになった。
普段から下の子たちの世話に慣れているアンがいるおかげで、母親たちはより一層安心して針仕事に集中できている。
アン曰く、「5人見るのも、10人見るのもそう変わらないわ」という話だった。
絶対にそんな事は無いだろうとは思うが、アンの優しい提案を俺は嬉しく受け取った。
しかも今日は日雇い仕事として、カイも魔法班の一員として、手伝いに駆けつけてくれていた。
作業場が活気に満ち溢れる中、いつものように主婦たちが手を動かしながら、楽しげな井戸端会議を始めている。
今日の話題の中心は、僕らの雇い主であり、ギルド長のカストルさんだった。
「ねえ、カストル様って本当に素敵よねぇ」
「あの洗練された美しい立ち居振る舞い……鮮やかなドレス……見惚れちゃうわよね」
「分かるわぁ。気さくに声をかけてくれるし、おまけにあんなにお洒落で……」
主婦たちにとって、凛とした美しさと強さを併せ持つカストルさんは、すっかり憧れの的となっていた。
「あたしたちの親の世代は、男のクセに女のドレスなんか着てって言う人もいるけれど、あれだけの似合ってたら…ねぇ」
「何というか…私たち女性にはない色気、みたいなものがあるわよね…」
そんな中、針を進めながら、ルナ姉ちゃんがふと会話に混ざった。
「……そういえば私、この間すごくびっくりしたんです」
話を進めるその頬は、夕焼けの様に少し赤らんでいる。
「どうしたの、ルナちゃん?」
「カストル様、この鞄の件で刺繍協会の会長の貴族のご夫人にお会いした帰りに、孤児院にいらしたんです。
いつものドレスも、もちろん素敵なんですけど、あの時は、男性の騎士服を着ていらして……。
黒い大きな馬に乗っているのが、すっごくかっこよくて、まるで物語の王子様みたいでした……!」
ルナ姉ちゃんは両手で自分の頬を包み込み、うっとりとした表情でそう呟いた。
惚れ惚れするようなカストルさんの姿が、ルナ姉ちゃんの心に強く焼き付いていたようだ。
「まぁ、実際あの時は別のことに驚いて、それどころじゃなかったんですけどね…」
最後に少し照れた様なルナ姉ちゃんは、また針を進め始めた。
その会話を、少し離れた作業台から聞いていた俺は、「へえ、ルナ姉ちゃんカストルさんのこと、そんなふうに思ってたんだ…」と、なにげなく思っていた。
だが、その隣で同じように手を動かしていたカイの様子が、少しおかしかった。
「……フンッ―」
カイは手に持っていた布を雑に置き、ぶっきらぼうに鼻を鳴らした。いつもは飄々としている彼の顔に、なんとも言えない不機嫌そうな、拗ねたような色が浮かんでいる。
―あれ、カイ、 どうしたんだろ……?
首をかしげる俺をよそに、カイは視線を窓の外へと向けた。
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次回、明日17時頃投稿予定です
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