5.発動条件といらない子
鶏の鳴く声よりも早く、俺とカイはフィリップに起こされた。
「はやく! 水汲みに行くぞ!!」
よっぽど魔法の練習がしたいらしい。
「朝飯食ってからな。」
急かされて食堂に行くと、アンがかまどに火をつけるために火打ち石を叩いていた。
カンッ、カンッ、と何度か火打ち石を打鉄に合わせるが薄曇りの湿気のせいか中々火が付かない。
しゃがみ込むアンのそばに歩み寄って、隣に座って声を掛けた。
「魔法でつけてみてもいい?」
少し驚きながら、アンは頷いたので手前の小枝に向かって指先で『火』と書き種火を着けた。
「すごい!もう使いこなせるの?エルは魔法の才能があるんだね!!」
目を輝かせながら、アンは薪に燃え移る火を見つめていた。
そうして焼き上がった硬いパンと牛乳だけの朝食を済ませ、カイ、フィリップと3人で水汲みに向かった。
木のバケツをそれぞれ両手に持ち3往復して水汲みを終わらせる。鉄の取っ手が指に食い込んで痛い。
フィリップが言うように魔法で水を出せれば楽なのだろうが、この後の練習の為に魔力は温存すべきなのだろう。
そして洗濯場の片隅で俺たちは魔法の練習を始めた。カイが地面に木の枝で『風』と書き、それを見ながらフィリップが練習をしていたが、なかなか発動しない。
フィリップの指先を見ると、昨日の教師役のおじさんが見せてくれた時とは違い、なんとも気持ちが悪い。
前世で何度も書き取り帳に書かされていたが、それと書き順が違う。
「フィリップ。順番変えて書いてみて。最初に左側の壁、次に上の屋根と右側の壁を繋げて書く。そしたら中のやつを書くんだ。昨日おじさんはそうやってたよ。」
俺は、書き順ごとに分けて地面に一画づつ描いていった。
それを見ながらフィリップが一画づつ丁寧になぞるように描いていく。すると最後の点を描いた瞬間、フィリップの指先からフワリと風が起きた。
「出来た!! 次はもっと大きく!」
そう言うとフィリップは腕を目一杯広げて『風』を描いていく。
すると洗濯物が揺れるほどの大きな風が起こった。
カイもそれを見ながら同様にどんどん『風』字を大きくしていく。
なるほど、字が大きくなると比例して発動する魔法も大きくなるのか?
俺は指先で出来るだけ小さく『風』を描いた。起きるのは指先に息を吹き掛けたような小さな風だ。
少しづつ『風』の字を大きくしていくが体の小さい俺は二人ほど大きな『風』を描けず、洗濯物が揺れるほどではない。
悔しくなって俺は『風』の字の大きさはそのままに頭の中で大きな風をイメージして丁寧に最後の一画の点を描いた。
すると、指先から大きな風が吹き出し、干してあったシーツをフワリと空に舞い上がらせた。
やった!イメージだけでも大きく出来た!
「すげぇな! エル!!」
カイやフィリップが目を輝かせてこちらを見た。2人が字を大きくしていくと魔法が大きく発動したのは、それがイメージしやすかっただけなんだろう。
わくわくしていたのも束の間、フィリップとカイの間から恨めしそうな顔のルナ姉ちゃんが声を掛けてきた。
「ちょっとエル! そのシーツさっき洗ったばっかりなんだけど?!」
俺たち3人の顔がさーっと青くなる。
先ほど俺の魔法で舞い上がったシーツを見ると、ぬかるみに落ちて泥まみれになってしまっていた。
「楽しいのは分かるけど、洗濯の邪魔しないで。
シーツ洗い直しだから、カイとフィリップはもう一回水汲んできて。エルは洗濯の続き手伝って。」
弾かれた様に2人は我先にと木のバケツを持って一目散に駆け出して行った。
この孤児院で怒ると一番怖いのは、一番年長のルナ姉ちゃんだ。俺はヒヤヒヤしながら、泥に汚れたシーツを洗濯桶に入れた。
貧しい孤児院では石鹸なんて高級品は使えない。ただ、揉んだり踏んだりして汚れを落とすだけだ。
桶のなかに浮かんだシーツを揉みながらふと思いついて「洗」と描いてみた。
昔ながらの2層式の洗濯機をイメージしなから最後のはねを描くと木桶のなかのシーツが勢いよく回り出し、泥汚れが落ちていった。
「洗濯の魔法!? エル、あんたそれも教わったの?洗礼後に教わるのは6つの基礎魔法だけでしょ?」
ギクリとしながら俺は驚いた顔のルナ姉ちゃんの顔を見れず、しどろもどろになって答えた。
「ま、前に誰かがやっていたのを見ただけだよ。試しにやってみたら出来たんだ!」
俺は驚いた表情を作りながらルナ姉ちゃんの顔を見ると、すでにルナ姉ちゃんは洗濯桶に目線を落としていた。
「試しにね…。やっぱり魔法は才能なのね。私なんか何回も糸魔法の練習をしたけど、1回も糸を紡げなかったもの。」
ルナ姉ちゃんは寂しそうに洗い上がったシーツを捻って絞っていく。
「ルナ姉ちゃんの糸魔法見せてよ!俺昨日教わったから、先生との違い分かるかも知れないし!」
取り繕うように言って、ルナ姉ちゃんとシーツを干していく。
「良いけど、どうせムダよ。何回も練習したんだもの。」
干し終わったシーツの前でルナ姉ちゃんに見えるように『糸』と描いた。
書き順通りに最後の点を描いた瞬間、真っ白な美しい糸が指先からスルスルと伸びていった。ミシンのボビンのように反対側の指でそれを巻き付け一巻ほどの長さで糸を止めた。
「綺麗な白い糸ね。母様や妹が紡いでたのよりずっと白くて細いわ。」
それを見てルナ姉ちゃんも『糸』を指先で描いていく。するとやはり、何とも気持ちの悪い書き方をしている。書き順が違う。
「ルナ姉ちゃん順番が違うんじゃない?‘幺’のあとは真ん中の棒が先だったよ。」
そう言って先ほどフィリップに見せた様に1画づつ順番に地面に『糸』の字を描いた。
ルナ姉ちゃんはそれを見ながらもう一度指先で『糸』を描いていく。
でも、書き順は合っているのにどうしても魔法が発動しない。
2回、3回と何度も何度も描くのを俺は、もっと指先に集中して!と声を掛けながら固唾をのんで見ていた。
次第にルナ姉ちゃんの目尻に涙が溜まっていく。
唇を噛みながら左手をぎゅっと握り締め、額に玉のような汗を浮かべながら、何度も何度も描いていた。
なのに何回やっても糸魔法は出現しない。書き順は合っているのに空に描いた金色の文字は途中で、ふわりと消えてしまう。
どれぐらいそうやってルナ姉ちゃんの練習を見ていたか分からないが、突然ルナ姉ちゃんの腕がだらりと落ち、そのまま座り込んだ。
「やっぱり何回やってもダメね。才能がないのよ。やっぱり私はいらない子なんだわ。」
うつむくルナ姉ちゃんのスカートがポツポツと雫で濡れていくのを、俺は何も言えずに見ていた。
書き順は合ってるはずなのにどうして…。
魔力が足りない?イメージが足りない?
そんな事を考えながら何と声を掛けようか迷っていると、向こう側から薪の束を担いだトム兄ちゃんが声を掛けてきた。
「どうした?ルナ?」
トム兄ちゃんもルナ姉ちゃんがやってきたのと同じ頃に魔法が使えないからと、この孤児院にやってきた。最年長の2人は率先して俺らや赤ん坊たちの面倒を率先して見てくれていた。
「ルナ姉ちゃんに『糸』の魔法教えてたんだけど…」
それ以上の言葉は出てこなくて俺はシャツの裾をぎゅっと掴んで俯いた。
「そっか…。 ルナ、とりあえず中に入ろう。夕立が来そうだ。 エル、洗濯物取り込んどいてくれ。」
トム兄ちゃんがルナ姉ちゃんをそっと抱き上げて孤児院の中に入っていった。
薄曇りのなかでも先ほど洗ったシーツはもう乾いていた。
次回本日17時頃投稿予定です




