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きっかけは【漢字辞典】〜名前の長い孤児が生きる、漢字が魔法になる世界〜   作者: 七瀬
第一章

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4.帰還と家庭の味

薄暗いなか孤児院に帰ると、アンがいつものようにかまどでスープを作ってくれていた。


いつもはジャガイモや野菜を塩で煮ただけのスープだが今日は鶏肉が入っている。洗礼のお祝いに鶏小屋の鶏を一羽潰したらしい。いつもはしない脂の匂いにグルグルと腹が鳴った。


といっても痩せた鶏を皆で分け合うと器に入るのは、ほんのひとかけらだろう。それでもこの孤児院では贅沢なご馳走だ。

朝に焼いたパンと一緒に並べられる。


「女神様に感謝を。」


これがこの世界の“いただきます”の合図だ。

スープを口に運びながら向かいに座ったフィリップが声を掛けてきた。


「明日、風魔法教えてくれよ。風魔法を覚えたら住み込みで働きに出れるんだ。」


はやる気持ちを抑えられない様子でガツガツと食べ進めながら、明日の話をしている。

「分かったよ。朝の水汲みが終わってからな」


洗礼が終わってもするべき事は変わらない。俺たちの当番の水汲みは3人ががりで行う重労働だ。


「えー!そんなん3人で水の魔法で水出せば一瞬だろ!前に兄ちゃん達がやってたみたいに。」

ぶすくれた顔で言ったフィリップに隣からカイが声を掛ける。

「水魔法で魔力を使っちゃったら風魔法の練習出来なくなるんじゃない?」


そう言われてフィリップは渋々納得したようだった。


二人の話を聞きながら俺はスープの硬い鶏肉を噛みしめていた。記憶の中にしかないあの父さんの塩辛い干し肉のスープはもう、食べることはないのかもしれない。


これからはこの孤児院での味が、俺の家庭の味というものになっていくのだろう。

そう思うと、少し寂しいような気持ちになる。

野菜と鶏を塩で煮ただけの薄いスープを食べながらそんな事を考えていた。




食べ終わった器を水場に持っていくと、アンがほかの小さい子ども達の器を洗ってくれていた。


「ごちそうさま。美味しかった。」

そう言うとアンがきょとんとした表情でこちらを見つめ、すぐに嬉しそうに笑った。


「初めてね。エルが美味しいって言ってくれたの。」

言われて隣で器を洗う俺の耳元はじんわりと熱くなった。そんな事も今まで言っていなかったと。


体を拭いて寝室に戻るとすでにみんなベットに入っていた。粗末な2段ベッドが4つ置かれただけの粗末な寝室では、10人が身を寄せ合って寝ている。小さい子は2人で一つのベットだ。


軋むはしごを登って自分の寝床にたどり着くと、隣のベットでフィリップが光の魔法を練習していた。

豆電気の様な明かりがチラチラと付いては消えている。


「フィリップ、眩しい。赤ん坊達起きちまうだろ」

カイに嗜められ、フィリップはようやく眠りについたようだ。

暗くなった寝室で、埃っぽい匂いのする硬く薄い毛布に包まりながら今日のことを頭の中で反芻していた。


あの女神様の像のそばの漢字辞典の彫刻は何なのか?。


かつて、俺と同じように日本の概念を持つ人間が居たのだろうか?

それとも漢字辞典だけがこの世に転移して、解読され魔法書のような扱いを受けたのだろうか?


どちらにせよこの世界のどこかに、現存する漢字辞典があるのかもしれない。


漢字で魔法が出現できるなら、日本の記憶で多数の漢字を知っている俺は、かなりのアドバンテージを持っているはずだ。


『火』を2つ重ねて『炎』にすれば、今日指先に出来たマッチのような火よりも大きい、焚き火のような炎を出せるかもしれない。


『光』を『灯』にすれば永続的に光らせることも可能なのか?

『輝』にすればさらに鮮明な光がつくれるのか?。


そして『水』に点を出して『氷』に。さんずいに変えれば『池』や『海』も可能なのか?


これは孤児院の庭でやったら怒られそうだ。

普通に危ない。


だけど、どの程度の魔法まで広く認知されているのか?孤児院の後ろ盾がない俺が解明されていない魔法を使ってしまったら、良くないことが起きる気がする。


近いうちにもう一度教会に行きたい。何が手がかりがあるかもしれない。


ぐるぐると明日からの計画を立てながら俺はいつの間にか眠りについた。


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