46. ルナバッグ工場①
ギルドに集った人たちは、三十人を超えていた。
杖をついて頼りなげに立つ老人、赤子を胸に抱いた女性や大きなお腹を抱えた妊婦さん、そして片足をなくした男性まで様々な人たちが居る。
これまでこの町で「働くのは難しい」と決めつけられ、行き場をなくして生きてきた人々が、不安げな表情で俺たちを見つめている。
―多分、俺の父さんも同じだったんだろうな…
もう、朧気な背中を思い出していると、先頭にいた女性が、掲示板から剥がしたばかりの求人票を握りしめ、震える声で尋ねた。
「……本当に、私たちのような者でも、働けるのでしょうか?」
小銀貨二枚という日当は、彼らにとっては夢のような破格の賃金だ。
だからこそ、作業場に案内されても期待よりも先に「何かの間違いではないか」「騙されているんじゃないか」と、疑念の目をしていた。
その視線を一身に浴びて、ルナ姉ちゃんが少しだけ怯んだように肩を震わせた。
ルナ姉ちゃんもまだ、自分たちが誰かを「雇う」という状況に、まだ現実味を感じられていない様子だった。
俺は震えるルナ姉ちゃんの手を握り、小さく頷いてから、力強く一歩前に出た。
「大丈夫です。俺たちが全て、やり方を教えますから!
難しいことはありません。一緒に、この鞄を作りましょう!」
俺が元気よく答えると、中にいた偏屈そうな老人が鼻で笑った。
「子供から教わるっていうのかい?
魔法も満足に使えぬ子供の遊びに、我々が付き合わされるのはごめんだ。冗談はやめておくれ」
作業場の空気がピリついて、作業場がざわめきで包まれた。
その一角には、エミルダさんが集めてくれた木箱が積み上げられ、その中には使い古された毛布やシーツが敷き詰められている。
小さな子供たちがハイハイしても問題ない安全な"託児スペース"をわざわざ作ってくれたのだが、老人の冷ややかな視線は、俺たちの幼さだけに向けられていた。
その時、横に立っていたカストルさんが開いていた扇子をパチンと閉じ、優雅に口を開いた。
「信じられないなら、帰っていただいて結構よ。
……でもご安心を。その手本として並んでいるバッグを縫製したのは、このルナちゃん。
とーっても丁寧な縫製をする、れっきとしたお針子よ。
それに、そこへ軽量魔法を付与したのも、このエルちゃん。
この子は、あのエミルダ先生が王立学園の特待生も目指せると太鼓判を押して師事しているのよ。
二人の能力は…このアタシが保証するわ」
カストルさんの貫禄ある言葉と、揺るぎない自信に満ちた瞳に圧倒されたのか、老人は気まずそうに視線を逸らした。
周囲の人々も「あの子たちがこれを作ったのか」と驚き、先ほどまでの疑念は安堵の表情へと塗り替えられていった。
「まずはチーム分けをします!」
ルナ姉ちゃんが勇気を振り絞って声を上げた。昨日、カストルさんと一緒に考え抜いた「量産体制」の指示だ。
「縫製チームは十五人。三人が一組の五グループに分けます。
一組は木の板で作った型に合わせて布を裁断します。
次の組は紐を通す留め具を付けて両サイドを縫う。
その次の組は紐を通すループを縫う担当です。
あと、決まった長さで紐を切る担当と、仕上げに紐を通す担当に分かれてください」
次に俺が、魔法チームの説明をする。
「魔法チームは、魔法が使える方と針仕事が得意な方で二人一組を作ってください。
魔法使いの方が糸魔法で糸を出し、針子さんがその糸で『軽』の刺繍をします。
最後に魔法使いが糸を出した人へと戻して魔法を付与する。この流れです。」
説明を終えた俺たちの前に居る群衆の中から、一人の女性が手を挙げておずおずと口を開いた。
「魔法刺繍は、一人で一括してやらないと意味がないんじゃないんですか?」
再度ざわつく女性たちを横目に今度はエミルダさんが口を開いた。
「木箱で出来るんだから、刺繍もおんなじなのさ。
ただ、そんなまどろっこしい事誰も試さなかっただけでね。
何事もやってみるもんだねぇ。あんたらもやってみれば分かるさ」
そう言われて、最初は戸惑っていた皆だったが、俺とルナ姉ちゃんが用意した『手順書』を見ながら動くと、驚くほどスムーズに作業が回り始めた。
これまで「何もできない」と自分の価値を低く見ていた人々が、一度作業のコツを掴むと、驚くべき集中力を発揮した。
型紙通りに帆布切る人、一定のリズムで糸を操り両脇を縫う人、子供たちを見守りながら手際よく紐を切る人。
今まで仕事に恵まれなかった人たちが、伝えた工程をひたすらに、丁寧に繰り返していく。
ルナ姉ちゃんと俺の作った「作業の細分化」という仕組みが、一つの大きな歯車となっていくのを小さな子ども達の笑い声を聞きながら感じた。
夕暮れ時、作業場に積み上げられた完成品の数を見て、俺たちは思わず息を呑んだ。
その日の終わりには、50個以上のルナバッグが山積みになっていたのだ。
「すごいわ……ルナちゃん。これなら、700個なんてすぐじゃないかしら」
カストルさんが驚き混じりに呟く。ルナ姉ちゃんは、自分の伝えた通りに働く人々の姿を見て、瞳をキラキラと輝かせている。
エミルダさんもまた、満足げに微笑んで俺を見つめていた。
「これならいけるわね。さあ、今日はもう終わりにしましょう。ギルドで賃金をお支払いするわ。
皆さん、本当にお疲れ様。
明日もまた、この場所で会いましょう。」
帰っていく人たちの背中を見ながらルナ姉ちゃんが俺の手をぎゅっと握った。
「……ねえエル、明日も頑張ろうね」
ルナ姉ちゃんの言葉に、俺は力強く頷いた。
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