43.慈善事業と量産計画
「700って、どういうことですか!? カストル様!!」
ルナ姉ちゃんが大きく目を見開いて、カストルさんへ詰め寄った。
珍しく声を荒げたルナ姉ちゃんの瞳には、動揺と困惑で大きく揺れている。
カストルさんは、後ろに撫でつけて括ってあった金色の髪を解き、バサリと掻き上げながら気だるげに口を開いた。
「驚くのも無理は無いけど落ち着いて聞いてちょうだい。
今日、魔法刺繍協会の名誉会長を務めてらっしゃる、エリダヌス公爵夫人にお会いしてきたのよ」
「公爵夫人……?」
あまりの事の大きさにルナ姉ちゃんがまた大きく目を見開くとカストルさんが続けた。
「今回のルナバッグの出来栄えと、親の居ない子どもたちが協力して軽量鞄を作るという背景に、いたく感動してらっしゃってね。
公爵夫人が夫であるエリダヌス公爵に進言してくだささって、領内の下級私兵の装備品として採用が決まったのよ。
……いわば、慈善事業に近いわね」
「その、エリ…なんとか様の下級私兵の全員分で、700個ってこと?」
俺の問いかけに、今度は少し呆れたようなため息を吐きながら、カストルさんが上着を脱いで振り返った。
余程急いで馬を走らせたのか、背中のシャツが汗でびっしょりと肌に貼り付いている。
「エリダヌス公爵よ。とりあえず700という数字はスタートライン。
実績を出せばまた増えるかもしれないわね」
カストルさんのあっさりとした口調とは裏腹に、その数字の重さがルナ姉ちゃんの顔色をどんどん白くしていく。
「ルナちゃん、一日の製造ペース、最大で何個まで増やせそう?」
「えっと……増やせても、10個が限界だと思います……」
ルナ姉ちゃんが食堂の片隅に積まれた帆布を見ながら、消え入りそうな声で答えた。
裁断と縫製を考えると、それより多く作ることは到底難しいのは、俺でも分かった。
俺が魔法を付与する作業を夜遅くまで続けたとしても、縫製の戦力にならない俺では、到底役に立たない。
「そうよね……」
カストルさんは、考えるように首を傾げながら腕を組み、頬杖を突いた。
その顔はいつもの軽々しい表情や奇抜な化粧はなく、いかにも騎士の様な真剣な目をしていた。
「もう少し期限を延ばすことはできないの? そもそも、なんでそんなに急に大量の注文を受けちゃったの?」
俺が少しだけ非難するように言うと、カストルさんは俺の頭を乱暴に撫でた。
「エルちゃん、よくお聞き。こういう時はいかに早く『最初の実績』を作るかが重要なの。
一度採用されてしまえば、それが既得権益の連中に対する最強の盾になるのよ。
もちろんアタシもここまで早く話が進むとは思っていなかったけれど、軍備採用されたら今後どんな横槍も入らないわ」
カストルさんは女性らしい言葉とは裏腹に、上着を大きく翻して肩に掛けた。
「とりあえず二人は、明日の朝ギルドに来てちょうだい。エミルダ先生にも伝えておくわ。
素材の帆布はかき集めるように手配済みよ。量産の体制を作るわよ。……とりあえず、また明日ね」
そう言い残してギルドへ戻ろうとするカストルさんを見送るため、俺たちは外に出た。
近くの牧草地では、大きな黒い馬がのんびりと雑草を食んでいる。
カストルさんがピューイと高い音で指笛を鳴らすと、それに気づいた黒馬は荒々しく地を蹴って駆けてきた。
ひらりと上着を翻して馬上に跳び乗るカストルさんは、馬上から一度だけこちらを振り返り、手綱を引いてギルドの方角へと走り去っていった。
振り返ると、ルナ姉ちゃんとカイが、小さくなっていくカストルさんの背中を、言葉もなくじっと見つめていた。
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次回は明日17時頃投稿予定です。
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