41.大事な話と契約書
「で、アンタ達? なーんか大切なこと、忘れてないかしら?」
組んだ足に片肘をつけて頬杖をつくカストルさんが、真っ赤な唇を吊り上げて俺たちを見つめた。
俺とルナ姉ちゃんは顔を見合わせてしばらく考えたけど、何の事かわからずに二人して首を傾げた。
「先生? エルちゃんには魔法を教える前に常識を教えた方がいいわよ」
薄く鼻で笑ったカストルさんが、隣のエミルダさんへ目を向けた。
エミルダさんは大きくため息を吐いてから、口開いた。
「あんた達、それでいくらカストルから貰うつもりだい?」
考えないといけないことが多すぎて、大切なお金の話を全くしていないことを思い出した。
ルナ姉ちゃんも、お針子になれた興奮で忘れていたらしく、少し耳を赤くしているその様子を見ながら、カストルさんが口を開いた。
「アタシの要求としては純利益の4割がアタシの取り分ってトコね。
最初の売値は大銀貨5枚ってところかしら。」
「純利益ってことは、材料費はまた別ってことですよね?」
ルナ姉ちゃんはカストルさんをじっと見つめて答えを待った。
「えぇ。 材料になる帆布はアタシの伝手もあるから安く仕入れられるし。
アタシの実家なんて使い古しの帆布が毎年捨てるほどあるのよ。」
話を進める二人の横で俺は勢いよく手を上げた。
「あの、最初の売値が大銀貨5枚って事は価格は変わるかもってこと?」
「そうよ。今普及している一般的な軽量鞄も、最初は大金貨を100枚積んでも手に入らない代物だったらしいけど、今は小金貨5枚ぐらいに落ち着いているわ。
縮小鞄が出来たってのも大きいでしょうけど。」
「シュクショウ鞄?」
初めて聞く単語に頭を回転させていると、カストルさんが立ち上がって自分の鞄を持ってきた。
「アンタ達が作った軽量鞄は中の物の重さを軽くするだけでしょう?
つまり鞄に入る量は変わらないって事。
縮小鞄は中に入る物を小さくすることで、たくさん入るようにするものよ。」
見せてくれたカストルさんの革製の鞄には、底面に『縮』の文字が大きく刺繍されている。
ーあ、縮小ってことか。
『軽』よりも複雑な魔法陣は確かに刺繍するのが難しそうだ。
「で、話を戻すけどこの縮小鞄がでたこともあって、安くはなったけど軽量鞄はまだ平民が使うには夢の鞄だから、その10分の1の値段ってところね。
それでもなかなか手を出せるものではないでしょうけど。
でも普及すれば値段は下がるから、金額は固定じゃなくて割合にするってこと。」
「そんなに値段が安いなら、お貴族様もこの鞄使う人が出てこないの?
それこそ既得権益?と揉めるんじゃない?」
覚えたての言葉をたどたどしく使う俺を見て、カストルさんが薄く笑ってから口を開いた。
「それはないわね。作ったルナちゃんにこんなこと言うのはなんだけど、貴族が持つには美しさが足りないのよ。
体裁と面子が何よりも大事な貴族には、実用的すぎるわ。
逆に、私兵に持たせたりするには売れるかもしれないけれども」
「美しさ……」
少し黄ばんだ色の帆布の軽量鞄を撫でながら、ルナ姉ちゃんが呟くと、カストルさんが続けた。
「むしろ美しかったら、それこそ既得権益と揉めるのが目に見えているんだから、アタシだって手は貸さなかったかもしれないわよ。
で、アタシの取り分は純利益の4割で問題なくって?」
チラリとエミルダさんを見ると息を吐きながら小さく頷いてくれたのを見て、俺たちは返事をした。
「じゃあ、契約書にサインよ。
名前を書いてちょうだい。 終わったら上に『人』の魔法陣を入れてね。」
俺は汗ばんだ掌をズボンで拭ってから、羽ペンで一文字一文字、慎重にサインを入れてルナ姉ちゃんに羽ペンを渡した。
俺の名前のすぐ下にルナ姉ちゃんの名前が書かれた。
二人で指先に魔力を集中させて、紙の上部に『人』と入れる。
カストルさんは俺たちの署名を見比べてから、その下に自分の名前を書きながら口を開いた。
「ルナ姉ちゃん、あなた綺麗な字ね。
エルちゃんはもう少しお勉強が必要みたいだけど。」
完成した契約書のミミズが這ったような字を見ながら、俺は少し唇を尖らせた。
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体調が思わしくないため次回更新は週明け月曜を予定しております。
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