40.職人の羽化
トム兄ちゃんの背中越しに見えた食堂のテーブルには、10個近くの巾着鞄が広げられていた。
ポケットがついていたり、取っ手が付いていたりと少しずつデザインが違う大小様々な鞄で、テーブルの上は埋め尽くされている。
「……ルナ姉ちゃん、これ、全部作ったの?」
俺が呆然と呟くと、ルナ姉ちゃんは気まずそうに、けれどどこか照れくさそうに鞄を撫でた。
「ごめんなさい、エル。
使い勝手の良さそうな形を考えてたら楽しくなっちゃっていつの間にか……」
トム兄ちゃんも隣で、信じられないものを見るように鞄を一つ一つ手に取っている。
その縫い目は俺のとは雲泥の差で整っていて、どれも十分に売り物になる見た目をしていた。
俺は夕食の時間を後回しにして、今日ギルドであったこと、カストルさんとエミルダさんが言っていた「既得権益との戦い」について、すべてルナ姉ちゃんに話した。
「……というわけで、俺は学園に行くから作り続けるなら、権利を譲ってカストルさんに守って貰った方がいいと思う。
でもこの鞄は、ルナ姉ちゃんがいなきゃ完成しなかったから、決めるのはルナ姉ちゃんだと思って」
「えっ……でも、私には魔法がないわ。
糸も出せないからお針子にもなれないし、エルが魔法をかけなきゃただの布切れなんだから、エルが決めるべきよ」
ルナ姉ちゃんは困ったように微笑んで、自分の指先を見つめる。
俺は彼女のその細い指を握りしめた。
「違うよ。ルナ姉ちゃんが縫って、丁寧に刺繍してくれたから、俺の魔法が付与出来るんだよ。
ルナ姉ちゃんがいないと、ふわふわ浮かぶ軽い鞄のままだったよ
だからこれはルナ姉ちゃんが作った鞄なんだ」
そうして俺達は小さく頷きあって小さく笑った。
翌朝、俺たちはカストルさんの元へ向かった。
昨夜ルナ姉ちゃんと相談して決めた通り、俺たちは権利のすべてをカストルさんに委ねることを話した。
「……そう、二人で出した結論がそれなのね?」
深紅のドレスを優雅に揺らしながら、カストルさんは少しだけ驚いたように眉を上げた。俺は真っ直ぐ彼女の瞳を見つめて頷いた。
「はい。僕たちには税金の計算も、貴族の貴婦人たちとの交渉もできません。
だから、この鞄の権利はカストルさんに差し上げます。その代わり俺たちや孤児院を守って貰えますか?」
カストルさんは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに唇の端を優雅に吊り上げた。
「……ふふ、いいわよ。その条件、喜んで受けましょう。
ルナちゃん、今日からあなたはアタシが雇うお針子よ」
その瞬間、ルナ姉ちゃんが翡翠色の瞳丸くして、口を開いた。
「……お針子?……私、糸魔法ができません。
それでも本当になれるんですか?」
ルナ姉ちゃんは信じられないといった様子で、カストルさんの言葉を反芻し、ポロポロとこぼれ落ちる涙が長いまつ毛を濡らした。
―そうか…ルナ姉ちゃんは糸魔法が使いたかったんじゃなくて、本当はお針子さんになりたかっただけなんだ……
「ええ、もちろん。アタシが認めた技術よ、自信を持ちなさい」
カストルさんはそう言って、ルナ姉ちゃんの涙を優しく拭うと、机の上に並んだ巾着鞄を一つ手に取った。
「さて、商品登録の書類を作るわ。
……この鞄、なんて名前にする?
決めてきたのかしら?」
昨日話そびれていたけど、今ルナ姉ちゃんを見て、閃いた名前を俺は口にした。
「ルナバッグがいい。
ルナ姉ちゃんのバッグだから。」
「ちょっとエル!!
恥ずかしいからやめて!!」
真っ赤な顔で照れくさそうなルナ姉ちゃんに、カストルさんが優雅に笑う。
「いい名前じゃない、ルナバッグ
あなたがお針子として羽ばたく第一歩よ。」
カストルさんの華やかな高笑いがギルド中に響き、俺たちの新しい生活が幕を開けた。
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7/9 追記
申し訳ありませんが体調不良の為、本日更新はお休みさせて頂きます。




