39.覚悟の計画
「いい度胸じゃない」
真っ赤な唇を吊り上げて、カストルさんがにんまりと笑った。
「エル、お前、手! 大丈夫か!?」
トム兄ちゃんが慌てて駆け寄ってきて、カストルさんの指を握っていた俺の手を開かせた。
炎を握りつぶすように消したのに、俺の手はなんともない。
「大丈夫よ。ちゃんと握られる前に消したもの。にしても、今回はトムちゃんのお手柄ね。誰かの噂になる前にアタシの所に持ってきてくれるなんて」
「お手柄?」
ほっとしているトム兄ちゃんと、頷くエミルダさんを横目に聞き返すと、カストルさんが続けた。
「これ、贈り物って言ってたわよね?
例えば、フィリップちゃんがこれを貰ったら、船乗りの見習いになった時に自慢するんじゃないかしら?」
「うん。フィリップとカイにあげようと思って作り始めたんだ……もうすぐお別れだから」
トム兄ちゃんは俺の頭を撫でながら、カストルさんに向かって口を開いた。
「前にエミルダさんから聞いたんだ。最初に掘り込みを雇い出した時、嫌なこともあったって。
それにフィリップがこれを船乗りの仕事場で使ったら、雇い主に取り上げられちゃったりするかもって……」
「ほんとにお手柄だわ。船乗りが運んでいるのは品物だけじゃないもの。情報も十分な商材なのよ」
ホッと息を吐いたカストルさんの横で、エミルダさんが口を開いた。
「何にしても、まずは耐久実験からだね。エル、お前さん今日からこの薪を背負って毎日ここに通いなさい」
軽量鞄にパンパンに薪を詰めながらエミルダさんは、そのまま言葉を継いだ。
「貴族周りの面倒なことはカストルが根回ししてくれるからね。あたしたち職人は、作ることに専念するんだよ」
ケッケッケと相変わらず意地悪な魔女のように笑うエミルダさんに、カストルさんが真っ赤な唇を片方だけ吊り上げてヒクヒクさせている。
「エルちゃん。とりあえず根回しに使うから、明後日までに作れるだけ作ってちょうだい。帆布は倉庫にまだあるし、足りないなら追加で持って来させるわ。3日後の朝まで、何個持って来れる?」
朝より心なしか小さく見える肩のカストルさんが、机に手を突きながら大きくため息を吐いた。
「えっと……多分5つかな? これ以外にあと3つはもう鞄自体が出来てるから……
ルナ姉ちゃんにお願いしてみる」
「あとは名前ね。権利登録だけでも先に進めるから、この鞄の名前を決めてちょうだい」
「軽量鞄じゃだめなの?」
「それだと既得権益と揉めるのよ。あくまで別物として商品を登録するの」
――特許とか、著作権とか、そんなような話なのかな? とりあえず名前かぁ……
考え込んだ俺の隣で、トム兄ちゃんが口を開いた。
「エンゴナシンバッグはダメですか?」
「あまり良くないわね。孤児院で作っているのが丸見えだもの。エルバッグならいいけど」
「名前もだが、権利者を誰にするかだね。
作ることに専念するなら権利は丸々、カストルに渡しちまうのがおすすめだよ。
税金や仕入れ、売上の計算なんかしてたら、何にもできなくなっちまうからね。
特にあんたは5年後、学園に行くんだろう?
5年後あんたがいなくなっても作り続けて、孤児院が食える仕組みを作るなら、カストルがあんたらを雇う形にするのがいいさ。この作業場みたいにね」
聞くと、エミルダさんの冷却箱も権利自体はカストルさんが持っていて、エミルダさんはカストルさんに雇われているらしい。エミルダさんの家の事情も絡んでいるみたいだ。
税金の計算なんか俺にできるわけないけど、鞄のほとんどはルナ姉ちゃんが作った物だから、俺が決めていいものではない気がしてカストルさんを見上げた。
「ルナ姉ちゃんに相談してもいい?」
「えぇ。しっかり相談して明日、ギルドにいらっしゃい」
そうしてギルドに戻るカストルさんを見送った。
その日の帰り道、少し前を歩くトム兄ちゃんの頭をぼーっと見ながら、今日のことを考えて孤児院を目指した。
――まずは、権利を誰にするか。鞄の名前をどうするか。
13歳になる5年後には、俺はもう鞄づくりに参加できなくなる。
寮に入ったら、おいそれと帰ってくることは難しいだろう。
その時トラブルが起きたら、カストルさんが孤児院を守ってくれるなら絶対にその方がいいと思う。
エミルダさんが信用しているんだから、悪い人ではないはずだし……。
段々と沈んでいく夕日を追いかけるようにして孤児院に着く頃には、足元の影が少しだけ薄くなっていた。
「ただいまー」
孤児院の扉を開けると、前にいたトム兄ちゃんの背中がピタリと止まった。
何事かと孤児院の中を覗き込むと、食堂のテーブルの上には10個近くの巾着鞄と、少し気まずそうなルナ姉ちゃんが傍らに立っていた。
ご覧いただきありがとうございます。
次回も明日17時頃投稿予定です
★や評価、ブックマークなども
本当にありがとうこざいます。
励みにしておりますので、よろしければポチッとしていただけますと幸いです。




