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きっかけは【漢字辞典】〜名前の長い孤児が生きる、漢字が魔法になる世界〜   作者: 七瀬
第一章

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35.不条理を越える金の刺繍



「何これ!! どうしたの?!」


勢いよくルナ姉ちゃんに駆け寄ると、巾着鞄を肩から降ろしながら自慢げに見せてくれた。


「昨日エルが考えてた鞄の話、聞かせてくれたでしょ? 考えてたら作りたくなっちゃって!

とっても簡単にできたの」


そういってルナ姉ちゃんは鞄を開けてくれた。


一抱えほどの薪が入るぐらいの大きさの鞄は、片側の口の布が長くなっていて蓋のようなフラップが作られている。

下方の紐を括り付けた部分は、同じ帆布で作られたループが付いていて外れないようになっている。

説明していない部分までしっかりと作られていて、俺は目を見開いた


「俺の説明だけで作ったの?!」


「そうよ。

あとは見たことある背嚢から想像して作ったの。

これ、手提げかばんと巾着が作れるなら簡単に作れるわ。エル背負ってみて!」


そういってルナ姉ちゃんは俺の肩に鞄を掛けてくれた。

「ちょっとエルには長いかしら…」そう言いながら、俺の横に膝をついて紐の長さを調節してくれた。



「はい。これはエルのね」



鞄を背負った背中をポンの叩いてルナ姉ちゃんが笑った。


「え! いいの? ルナ姉ちゃんが作ったのに!」


「もちろん!もとはといえばエルが貰ってきた布じゃない。」


「ありがとう! 大事にするね!」


「その代わり、お裁縫の練習もしっかりするのよ。エルが刺繍できないと軽量鞄にならないんだから」


そう言ってルナ姉ちゃんは俺の頭を撫でてくれた。

俺は周りに誰もいないことを確認してから、ルナ姉ちゃんにこっそり伝えた。


「あのね、俺お裁縫の練習頑張るからカイとフィリップにも作ってくれる?

あの二人はもうすぐ見習い奉公でここ出ちゃうから、その時に軽量鞄にして渡したいんだ。」


それを聞いたルナ姉ちゃんは、したり顔でにんまりと笑って言った。


「ふふっ。私もおんなじこと考えてたわ。」


そう言って振り返るルナ姉ちゃんの後方にはすでに裁断された帆布が置かれていた。


ルナ姉ちゃんはあんぐりと口を開ける俺を見てから、天井まで登ってしまった今日貰った帆布を見る。

さっきはびっくりしすぎて手を離してしまった帆布を、ルナ姉ちゃんは宝の山のように見ていた。




それから毎日ルナ姉ちゃんに裁縫を習った。

指を何度も針で刺しながらくる日もくる日も針と糸と向き合い、真っ直ぐに縫えるようになるまで10日以上かかった。


それでも『軽』の刺繍をするには程遠くて、3針も進めると糸が絡まって布がぐちゃぐちゃになってしまう。

俺は毎日ため息を吐きながら絡まった糸を切ってはやり直しを繰り返した。



「ルナ姉ちゃ~ん。全然うまくいかないよ~」


「最初よりはよっぽど上手になってるわよ。」



食堂の机に突っ伏しながら、弱音を吐く俺に微笑むルナ姉ちゃんは、4つ目の巾着鞄を作っていた。

俺たち3人分の巾着鞄を作ったルナ姉ちゃんは、楽しくなったようで、ついにトム兄ちゃんの分も作り始めている。


さくさくと針を進めるルナ姉ちゃんを横目に、俺の前にはお手本として、ルナ姉ちゃんが『軽』を刺繍した巾着鞄が置かれている。


あまりの刺繍の美しさに恨めしそうにそれを見つめる俺を、ルナ姉ちゃんが声を殺して笑っていた。



「そもそもさー、木箱の掘り込みはトム兄ちゃんがやった後に俺が付与魔法かけてもいいのに、刺繍はルナ姉ちゃんがやった後に俺が魔法をかけるのはダメって意味わかんないよなー」


ぶつくさと文句を言う俺に、ルナ姉ちゃんは針を進めながらこちらを見ずに答えた。


「仕方ないでしょ。糸魔法ってそういう物なのよ。

文句言ってる暇があったら手動かしなさい。」



この世界の不条理を嘆きながら、俺はぼんやりと魔力を指先に込めてみる。


ルナ姉ちゃんが刺繍した巾着鞄の『軽』の文字をなぞるようにして、木箱と同様に金色に光る文字をくみ上げていくと最後の1画を描いた時、鞄全体が金色にふわりと光った。



「……え? ……成功……した?」



あまりに驚いてルナ姉ちゃんを見ると、あんぐりと同じ顔でルナ姉ちゃんが俺を見つめてた。




ご覧いただきありがとうございます。

次回も明日17時頃投稿予定です


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