33.重い布と落胆の影
次の日、エミルダさんの作業場で木箱に魔法をかけながら、昨夜の続きをぼんやりと考え込んでいた。
―でっかい巾着を作って、その紐の先を下の角に繋げばできるよな?
糸は出せるから…布と紐があれば出来るかな?
相変わらず名前の思い出せないリュックのようなアレの事をぼーっと考えていたら、エミルダさんが目の前で眉間にシワを寄せていた。
「あっ、エミルダさん! 布ってどこで買えますか?」
考えていた事がそのまま口から出た俺に、エミルダさんは一層眉間のシワを深くして、思い切りデコピンをした。
「っっいってーー!! 何してるんですか?!」
「何してんだはこっちのセリフだよ!
さっきからぼーっとして何してんだい?
手止めるんじゃないよ!」
「あっ…… ごめんなさい…」
魔法の作業中だったことを思い出して素直に謝ると、エミルダさんはもう一つため息をついた。
「で、何に使う布が欲しいんだい?」
「軽量鞄つくるのに、ルナ姉ちゃんからお裁縫習ってるんだけどなかなか上手く行かなくて…
練習するのと、それが終わったら鞄作ってみようと思って!」
エミルダさんは頬に手を添えて考えながら言った。
「なるほどねぇ。
それなら帰りにカストルに聞いてご覧。
ただし! 仕事中は集中することだね。」
目の前にまだ半分以上残っている箱を指差しながら、エミルダさんはもう一度眉間にシワを寄せた。
夕方ギルドで今日の報酬を受け取る時に、カウンターのお姉さんに声を掛けた。
「今日ってカストルさんいる?」
「ギルド長なら奥にいらっしゃるわよ?
呼んでくる?」
頷く俺にお姉さんが優しく微笑んでくれて、ちょっと浮かれていると、奥からエメラルドグリーンのドレスに身を包んだカストルさんが顔を出した。
―相変わらず派手だな… 孔雀みたい。
「あら。エルちゃん どうしたの?」
長いまつ毛を瞬かせ、相変わらず派手なカストルさんに、声を掛けた。
「布ってどこで買えますか?
裁縫の練習と、それが終わったら鞄作ろうと思って!!
エミルダさんに聞いたらカストルさんに聞いてご覧って言われたんだ」
「布ねぇ…… 買えないことも無いけど…
かなり高いわよ? 材質にもよるけど安くても一巻で大銀貨5枚は飛ぶもの。」
「そんなに? えっと一巻ってどれぐらい……?」
ぎょっとしながら、きっと大量な布に違いないとカストルさんに聞くと、カストルさんは美しく磨いた指先でドレスを翻しながらニッコリと笑った。
「このドレスが1着作れる布が一巻よ。」
―えっと………?
そもそもドレスに、どれぐらいの布が使われてるかも知らないし、そんなの着る人の体型によるじゃん?!
長さとかメートル的な単位でもないのかよ!!
俺の困惑が見て取れたのか目の前のカストルさんは、真っ赤な唇を大きく開けてカラカラと笑った。
「アハハッ 分かりづらかったかしら。
まあ、大体手提げの鞄を作るなら一巻で5個分てとこかしら?」
「少しだけ買うことはできないの?」
「無理ね。だって少しだけ売ってしまったら、その一巻は全部半端になってしまうじゃない。」
もっともな意見に肩を落とすと、カストルさんが何かに気付いた様に手を叩いた。
「そうだわ!! エルちゃんあんた清潔魔法使えたわよね? ギルド船の使い古しの、汚れた帆布ならあげるわよ?」
「ハンプ?」
「船の帆のことよ! 所々破けたから、この間張り替えたばっかりなの。
まだ倉庫にあるんだけど、潮風とか土埃で汚れてるの。自分でキレイにするならあげるわ!」
いらっしゃいと手招きをするカストルさんについていくと、木箱がたくさん積み上がったホコリっぽい倉庫の奥に、畳まれた茶色い布が置いてあった。
「帆布だから丈夫なのは間違いないわ
ただ、厚みがあるから縫うのは楽じゃないけど」
人差し指で触ってみると硬くて少しゴワゴワした生地は、若干汚れでベタベタする。
俺はその指を一旦ズボンで拭ってから、魔力を込めた。
指先に意識を集中させて、今日も木箱に10回刻んだ『潔』の文字を丁寧に描いていく。
その文字がすぅっと帆布に染み込んで、全体が明るく光った瞬間、目の前は生成りの綺麗な大量の布が現れお日様の匂いがした。
「ホントに上手ね。 さすがの先生の教え子だわ」
カストルさんがそう言いながら、1枚の畳まれた帆布を持ちやすいようにロープで縛ってくれた。
「まだたくさんあるけど、重いから今日はとりあえず一船分ね」
そう言って、カストルさんが片手で持っていた帆布を両手で受け取ると、あまりの重さに床にドサリと落ちてしまった。
慌てて床から拾い上げるとかなり重い。
―これ木箱より重くないか?
え?! カストルさん今これ片手で持ってたよな?
あっ、そういえばこの人、木箱4つ一気に持つ人だわ…
カストルさんの筋力に少し呆れながら、腰にしっかりと力を込めて、帆布を背負い上げた。
重くてふらつく俺にカストルさんは心配そうな顔をしている。
「ちょっと大丈夫? 気をつけて帰るのよ」
最後にお礼を言ってカストルさんと別れると、孤児院への帰路を急いだ。
進んでは止まり、進んでは止まり、だんだんと沈んでいく夕陽を睨みながら、カタツムリのようなスピードで進んだ。
顎先やこめかみからは、ボタボタと汗が流れている。
―あぁーーー!!!
今が一番軽量鞄が欲しい!!
軽量鞄を作るために、軽量鞄が欲しい!!
ハサミのパッケージを開けるのにハサミが必要みたいなジレンマを抱えながら、しばらく歩いた時ふと気づいた
―…え?! ……ていうか、軽量魔法かければよくね?
強く握り締めて過ぎて、真っ赤になった指先で、帆布に向かって『軽』の文字を刻む。
夕陽に照らされていつもより一層濃い金色の文字は、すっと帆布に染み込んで消えた。
その瞬間ふわりと帆布が浮いて、慌ててロープを掴んだ。
ピエロから風船を貰った子供みたいな影が道に浮かんだ時、目線の先にはもう孤児院がハッキリと見えてた。
さっきまでの苦労は何だったんだと、俺は大きくため息を吐いた。
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次回も明日17時頃投稿予定です
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