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きっかけは【漢字辞典】〜名前の長い孤児が生きる、漢字が魔法になる世界〜   作者: 七瀬
第一章

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30.エミルダさんのお説教



「で? 大体見当がついてるけど、何をしようとしたんだい?」


昨夜のトム兄ちゃんと同じ目でエミルダさんが腰に両手を当てた。



「えっと…昨日フィリップが軽量魔法の練習してて…

で、目の前に鞄があったから…


鞄が軽くなったら便利かな?って…」



昨日のルナ姉ちゃんと同じ顔でため息を吐いて、手招きをするエミルダさんに近づくと、ペチンと軽くおでこを叩かれた。


「まったく……。 室内で鞄だったから良かったものの、外で木箱に同じ事やらかしたら最悪死人が出るよ。」



「え!?

死人?! なんで?」


ぎょっとして、目を見開くとエミルダさんはもう一つため息を吐いた。



「物にかけた魔法ってのはね、物の材質によって効力

が、まちまちなんだよ。」


「冷却箱の効力が木箱と金属の箱で違うみたいに?」



「あぁ、そうさ。 元々の物の重さが関係してるんだよ。木は金属より軽いから持ちが悪いんだよ。」



「で? なんでそれで死んじゃう人が出るの?」


話の先が見えなくて詰め寄るように聞くと、エミルダさんは続けた。



「当然布も、絹や木綿で効果が違ってくる。

で、あんた、本当は軽量鞄はどう作るか聞いたかい?」


「えっと、ルナ姉ちゃんが糸魔法の糸で刺繍するってて…」


「そう、そうすると魔法が安定して魔力が浸透しやすくなるんだよ。冷却箱も一緒で彫り込みを入れると、制御がしやすくなるんだよ。


今のあの鞄は魔力が鞄の中で暴れてる状態さ。」


「制御?」


「あぁ、箱本体を冷やすんじゃなくて、箱の中を冷やすなら彫り込みが必要。


鞄本体を軽くするんじゃなくて、中身を軽くするなら刺繍が必要。といった具合さ」



エミルダさんは、近くの冷却箱を指差しながら続けた。


「さて、冷却箱の効果は魔法をかける人間や、彫り込みの丁寧さで効果が伸びることもある。」


「トム兄ちゃんの彫り込みだと、効果が長いみたいに?」



「あぁ、でも掘り込みや刺繍がない付与魔法は、安定してないから、いつその効果が切れるかも分からない。

ついでにあのカバンの素材、おそらく麻か木綿だろうが、それも定かじゃないだろ?」



「うん。」


「じゃあここでひとつ問題さ。

あんたが軽量魔法をかけた木箱が空高く飛んで、風に流されてどっかに行っちまった。


数日後、急に魔法が切れて地面に向かって真っ逆さま。

その時、その下に人が居たらどうなる? 」



そこで初めて、日本で当たり前の重力と言う言葉を思い出した。

瓦礫一つでもビルの上から落ちてきたら、とんでもない大事故になるんだから、木箱なんか…


「えっと… 死にます……」


「そう、そういう事さ。くれぐれも気をつけるんだよ。


さて、剝がしの魔法を教えるから冷却箱2つ持っておいで。」



エミルダさんは最後にもう一つため息を吐いて指示を出した。


2人で向かい合って木箱を前にするように座ると、エミルダさんが指先を金色に光らせ、魔力を集中させた。


『除』


達筆な書道家の様な動きで、一筆ずつ魔法陣を刻み最後のとめを描いた時、金色の『除』がすうっと木箱に

染み込むように消えていく。


最後に冷却箱から、ふわりと光る『冷』の文字が浮き出て、砂のようにさらりと宙に消えていった。



エミルダさんの目配せで箱を開けると、いつものふわりとこぼれる冷気ではなく、湿った木の匂いがした。



「これが剝がしの魔法。正式には削除魔法さ」


―なるほど、削除の"除"か


納得してエミルダさんの顔を見ると、やってごらん。と促され、木箱と向かい合った。


魔力を指先に集中させて一筆目を描こうとするが、筆跡がまったく光らない。


「あれっ?」


もう一度あの宙に消える魔法陣をイメージしながら、指先に魔力を集めても、一向にうまく行かない。


―なんでだよ…


眉間にシワを寄せながら顔を上げると、ニヤニヤと意地悪そうな顔で笑うエミルダさんと目が合った。


「おやおや。殆ど教えたらすーぐ成功させるお前さんが、珍しく苦戦してるねぇ。」



ケッケッケッと魔女みたいに笑うエミルダさんが「見てご覧」と、もう一度指先に魔力を集中させた。



―あっ、こざとへん?りっしんべん?どっちか忘れたけど『除』って長い棒が先じゃないんだ…



間違って覚えていた日本の漢字を慌てて、ノートとペンで一画ずつ書き留めていく。



一度、魔力を込めない指先と頭の中で練習してから、もう一度冷却箱と向き合った。



一筆一筆、金色に光る文字を丁寧に描きあげると、それがすうっと木箱に染み込むように消えていった。


さっきと同じ様に、冷却箱からふわりと光る『冷』の文字が浮かび上がり、宙に消えていった。



―やった。 成功したー。



心のなかでガッツポーズをしながら、いつの間にか滲んでいた額の汗を袖口で雑に拭うと、エミルダさんがまた意地悪そうな顔をして、長い棒を持って目の前に来た。




エミルダさんの視線の先では、高い作業場の天井近くに浮かぶトム兄ちゃんの鞄がふわふわと揺れていた。




ご覧いただきありがとうございます。

次回も明日17時頃投稿予定です


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