26.教え子の忠告と秘密の語らい ◆エミルダ視点
3人を寝かしつけてから、ワインとグラスを2つ持って作業場に戻った。
明かりの下で優雅に足を組む元生徒は、見てくれだけは一端の麗人に見える。
「はい。あんたへの報酬だよ」
「アラ、先生のとっておきじゃない。
珍しいこともあるものね。」
「アイスクリームまで持ってきたんじゃ、これぐらい出すしかないだろ」
嬉しそうな顔して2つのグラスにワインを注いでいたカストルが、今度は気の毒そうな顔でこちらを見てきた。
「にしても先生? 特待生の話するなんてあんまりじゃない?
確かに、さっきの計算の速さにはびっくりしたけど、あれぐらいの計算なら大店の娘ちゃんなら、やる子はやるわよ?」
「そうさね。
算術だけなら、ちょっとばかし勉強ができりゃ珍しいモンじゃないだろうね。」
芳醇な葡萄の香りで唇を濡らしてから、自分の節くれ立ったしわくちゃの指先を見ながら答えた。
「そうよ。特待生なんて選ばれても学年に一人きりよ。
それも最近じゃ、その一人だって出ない事もザラじゃないのよ?
高すぎる望みをエサにするなんてあんまりだわ。」
「フン、さすがのギルド長様だ。
でもね、あたしがあの子に入れ込んだのは勉強じゃない。魔法のほうだよ。」
カストルはきょとんとした顔で、長いまつ毛をはためかせた。
「魔法? 洗礼直後の子どもの魔法なんて、たかが知れてるわよ?
そりゃ、先生の直伝なら覚えは良いでしょうけど。」
「覚えがいいなんてモンじゃないよ。
あの子、あたしが使うのを見ただけで、温熱の魔法を使いやがったんだ。
それもこの部屋全体にだよ」
そう言ってあたしは、残っていたスープの器に指先を向け、小さく『温』と指先を光らせて続けた。
「あたしがあの子にこの魔法を見せたのは3回。
スープを温めるのをあの子の遠くで見てたのと、固まりすぎた凍結箱を溶かした時だけだ。」
「それだけ?洗礼後の教室で習ったんじゃないの?」
「毎年、洗礼後の教室で習うのは最初の6つの魔法だけさ。」
「教会の木札は?毎年見に行く子いるらしいわよね?」
訝しげな顔でこちらを見るカストルのグラスに、次のワインを注ぎながら答えた。
「確かにあの木札には乗ってるが、魔法陣とその効果だけだよ。
それにトムに聞いたんだが、読み書きができるようになったのも最近で、3人の中じゃ一番遅かったらしい。
そんな子が木札を見ただけで、魔法を使いこなすと思うかい?」
考え込むように頬杖を突いたカストルが、瞼を伏せた。
「たしかに……。でも、たまたま当てずっぽうで発動したんじゃないの?」
「あたしもそう思ったが、あの子お風呂の水も張り替えて温めてたんだよ。
生まれて初めて入った風呂でね。
しかも温度調整もバッチリさ」
「そんな、まさか……」
「あの子には女神様に愛された才覚がある。
正直、あたしのどの教え子よりも飲み込みがいいよ。
残念ながら、あんたよりもね。」
「そりゃ、アタシは劣等生だったけど、王弟殿下だって学年にはいたじゃない。彼と比べても?」
拗ねるように唇を尖らせるカストルが、薄いタコのある指先を唇に添えながら問いかけた。
「ああ、魔法に関してはね」
カストルの顔を覗き込むと、観念したような顔でため息を吐いた。
「先生がそこまで言うなんて…よっぽどなのね。」
「ああ、あの子ならあたしが失った鑑定魔法だって使いこなすかもしれないよ。」
「女性は妊娠や出産で、魔力を奪われることもあるものね。」
目を伏せたまま、こちらを見ずに言うカストルは所在なさげに、空のグラスに指を滑らせた。
それを見て、再度ワインを注ぎながら問いかけた。
「それはそうと、あたしと2人きりの時ぐらいその喋り方やめたらどうなんだい?
弟が家継いだんなら、もう結婚の話も来ないだろ?」
彼は真っ赤な唇を片方だけ少し上げて答えた。
「いいのよ、これは彼女たちへのアタシの弔いと償いだから…」
そう言って指先で深紅のドレスをなぞる指先が、昔は剣を握っていたのを覚えている。
「そのドレスも…亡くなった嫁さんのだろう?」
「えぇ、アルドラのを直したの。
アルシャトのドレスと交互に着てるのよ。
アタシのせいで心を病んだ最愛のふたりのね」
いつもより少しだけ低い声で、絞り出すように言うカストルに、ずっと思っていた事を伝えた。
「あれは不幸な事故だろう…
おまえさんのせいじゃないさ。」
それでもカストルは首を振って否定する。
「でも"僕"と結婚しなければ…」
そうして黙ったまま、机に突っ伏して眠り始めたカストルにため息を吐いて、毛布を掛けようと近寄った。
伏せられた目元は薄く濡れて、落ちた化粧と同じ色をしていた。
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次回も明日17時頃投稿予定です




