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きっかけは【漢字辞典】〜名前の長い孤児が生きる、漢字が魔法になる世界〜   作者: 七瀬
第一章

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24.魅惑の味



「うわ……」


服を着てからも、名残惜しくて湯船をもう一度見に行った俺は、湯船のお湯が茶色く濁っていることに気付いた。



―この後エミルダさんも入るんだよな…?



そう思って湯船の栓を抜き、湯船に向かって指先を光らせ、大きく『水』と魔法陣を描いた。


そのまま、エミルダさんと同じように、もう一度指先に意識を集中させて『温』を描く。

もくもくと湯気が立つのを見て、手で温度を確かめてから風呂場を出た。




明かりのついた作業場に戻ると、エミルダさんが昼間の残りのスープを温めていた。


「上がったかい。みんなこっちへおいで。

遅くなっちまったけど夕飯にするよ。」


魔女のように大鍋をグルグルとかき混ぜるその横で、カストルさんが大きなパンをスライスしている。


「アラ。 ずいぶんさっぱりしたみたいね。

今、先生がスープを温めてくれてるわ」


席につき、昼間のスープの横に置かれたそれに俺が目を見張る横で、フィリップが声を上げた。



「すっげーー!! 白いパンだ!!」


いつも孤児院で食べるような黒くて硬いパンではなく、真っ白な断面のパンにハムとチーズが挟まれていた。


「さあ、いただきましょう。女神様に感謝を。」


恐る恐るパンを持つと、カリカリとした茶色い外側に包まれたパンの断面は、指の跡がつくほど柔らかい。


そっと齧り付くとハムとチーズの塩気と、柔らかい小麦の甘みが口いっぱいに広がった。



「「「おいしい!!!」」」



3人揃って同じ反応をすると、カストルさんはケラケラと笑い、その後でエミルダさんが目尻のシワを深くして、一緒に食べすすめた。


夢中になってサンドイッチとスープを食べすすめると、目の前はすぐ空の皿になってしまった。


名残惜しくて小さなパンぐすを見つめていると、カストルさんが、かわいらしい茶色いバスケットからガラスの器を3つ出してきた。



「頑張った可愛い子ちゃん達には、アタシからもーっと特別なご褒美よ♡」


そう言って、今度は銀色の小さなバスケットを出してきた。

繊細な花の模様と、『凍』の彫り込みがされている小さな凍結箱のようだ。



開けると中から白いモヤがふわりとこぼれ、銀製の器が顔を出した。


一瞬俺たちの顔を見て、鮮やかな真っ赤な唇を吊り上げてから、大きなスプーンで白いクリームのような物をすくい、ガラスの器に落とした。


それぞれの前に置かれた器からミルクの匂いの奥に、もっと鮮烈な甘い匂いを感じて顔を見上げると、カストルさんが頬杖を突いて、にやりとこちらを見ていた。



―まさか、そんな…



そう思いながら添えられた銀のスプーンでそっと掬い口に運ぶと、冷たさと破壊的な甘さが口いっぱいに広がり、とろりと消えていった。



「……アイスクリームだ……」


「あら、エルちゃんよくご存じね。

 喜んでもらえて何よりだわ。」


初めての砂糖の甘さに、ガツガツと夢中になって食べ進める俺とフィリップの間で、カイが二口目を食べた所でスプーンを置いた。


「カイちゃん? お気に召さなかった?」


カストルさんの問いかけに、カイはブンブンと首を振り、ようやく口を開いた。



「これ、ルナ姉ちゃんに持って帰りたい。

財布、ダメにしちゃったから……」


カイが絞り出すように言うと、カストルさんは目尻を下げる横で、エミルダさんが眉間にシワを寄せて言った。


「溶けちまったアイスクリームなんざ、食えたもんじゃないよ。

それともあんたら、一晩中凍結魔法をかけ続けるつもりかい?


しっかり稼いで、それで砂糖を買えるようになることだね。」


俺らは3人とも同じ気持ちで頷いた。

ご覧いただきありがとうございます。

次回も明日17時頃投稿予定です。


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