23.至福の時間
完成した冷却箱と凍結箱を前にホッとしていると、全身が汗と土埃でドロドロに汚れている俺たちに、エミルダさんは声をかけた。
「あんた達、風呂入っといで。」
「風呂!? 風呂があるの!?」
この世界で初めて聞く単語に興奮して大声を出すと、エミルダさんは一瞬呆れた顔をした後、笑って言った。
「なんだい、急に大きな声出して。
あぁ、そうか……。
孤児院には風呂は無かったね」
手招きをするエミルダさんに着いていくと、脱衣所の先に風呂場が広がっていた。
洗い場の奥には、かつて繊細な絵柄が施されていたのだろう、古びた湯船が置かれていた。
その絵柄のほとんどが剥げているが、手の込んだ彫り込みと金色の猫足の豪奢な湯船は、俺たち3人が一度に入れそうなほど大きい。
エミルダさんは指先に魔力を集中させ、金色に光らせる。
書道の様な手つきで『水』と魔法陣を描き、湯船を満たした。
そのまま流れるように水に向けて『温』を描いた。
途端にもくもくと蒸気が上がり、風呂場は白いモヤに満たされ、懐かしいお湯の匂いが満ちていた。
白いモヤの中に、記憶にしかない日本の風呂場が思い浮かぶ。
ユニットバスを避けた結果、通勤時間が犠牲になったあの一人暮らしの部屋が、断片的にフラッシュバックした。
「エル?!、お前なんで泣いてんだ?」
カイに言われてハッとすると、俺のポロポロと流れる涙が頬を濡らしていた。
「だって…だって… 風呂が……」
その後は何も言えずにいると、エミルダさんが呆れたようにため息を吐く。
「まったく、風呂がそんなに嬉しいかね。
石鹸はあそこにあるのを使いな。
体を拭く布は棚の上だよ。風邪ひかないようにしっかり拭いといで。 それから……」
そう言いながら、エミルダさんは脱衣所に戻る。
「脱いだ服はこの清潔箱で綺麗にしな。
カイ、エルの魔法陣、もう一度見てごらん。」
そうして俺たちは脱衣所に取り残された。
俺はすぐに服を脱いで清潔箱に放り込み、風呂場に直行した。
手桶で湯船のお湯をすくい、頭から被る。
それだけでも泣きそうになるぐらい嬉しい。
―今まで、濡れた布で体を拭いて終わりだったけど、この世界にも風呂があるって分かったら、もう戻れる気がしない。
いそいそと石鹸を手に取り、泡で体を流していく俺に
カイとフィリップもそれに倣うように、恐る恐る石鹸を手に取った。
「うわっ…、 なんかヌメヌメする…」
「いってーー! 目に入った!」
困惑するカイと、騒ぐフィリップを横目に石鹸を流すと、いよいよ湯船に足先を踏み入れた。
先端からじんわりと熱が伝わり肩まで浸かった時には、またポタポタと涙が溢れて、水面を揺らす。
足を伸ばしてもまだ余裕のある湯船に浸かりながら俺は、風呂を思う存分堪能していた。
2人が湯船に入ってもまだ余裕のある大きな湯船を出て、エミルダさんの言いつけ通りしっかりと体を拭うと、全裸のまま清潔箱と向き合った。
「えっと… いくよ。」
じっと見つめるカイの目線に、居心地の悪さを感じながら、指先に意識を集中させた。
ほんのりと金色に光らせた指先で、木箱に彫り込まれた『潔』をなぞっていく。
お日様のような柔らかく、爽やかな匂いがして箱を開けると所々茶色く汚れていた服は、まっさらな状態になっていた。
無事成功したことにホッとしている横でカイが、不服そうに呟いた。
「やっぱり… 最後は糸魔法とおんなじなのに…
なんで…」
「うん……。 また、一緒に練習しよ。」
それ以上俺たちは何も言えずに、綺麗になった服を着始めた。
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次回も明日17時頃投稿予定です
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