19.宝物とアイスクリーム
「「「ただいまー!!!」」」
揃って孤児院に帰ると、食堂のテーブルでルナ姉ちゃんが縫い物をしていた。奥の台所ではアンがスープを作っている。
薄いカボチャシチューのような、ミルクスープらしく甘くて優しい匂いが鼻をくすぐった。
「おかえりなさい。」
「初仕事、お疲れ様」
口々に言われ、少しくすぐったい気持ちになる。
手を洗うとルナ姉ちゃんに呼ばれて、3人でテーブルに集まった。
「本当は今朝渡したかったんだけど間に合わなくて。」
そう言ってルナ姉ちゃんは、小さな巾着袋をそれぞれに渡してくれた。
紐は首にかけられる様に長くなっている。
「お財布に使って。落とさないように注意しなさいよ。」
細かく丁寧に縫ってある揃いの巾着は、それぞれのイニシャルが刺繍してある。
孤児院では、服も靴もお下がりで、ほとんどのものが共用だ。
ルナ姉ちゃん手作りの初めての私物に、3人揃って胸がいっぱいになるほど嬉しくなって喜んだ。
「ありがとう! 大事にするね!!」
お礼をいう俺たちに、ニコニコしてるルナ姉ちゃんとアンを見ながらご飯を食べ、早速今日教わった魔法の事を話した。
「あのね、冷却箱と凍結箱ってのを習ったんだ!
ここの台所にも作ろうよ!」
「あら、それができたら夏場も牛乳も安心ね。」
「箱作って、掘るまでは俺がやるからやってみるか。」
トム兄ちゃんも乗ってくれて嬉しくなった俺は、ポロっと願望が思わず溢れてしまった。
「アイスも作れるかな?」
「アイスってアイスクリームのこと?
あんなの貴族の家でもないと食べられないわよ。
あんた、なんでそんな物知ってるの?」
「えっと…… ま、前に誰かが話してるのを聞いたんだ!」
ルナ姉ちゃんに訝しげな目で見られて、慌てて取り繕っていると、アンがため息をつきながら台所の方を見た。
「そもそも、砂糖も蜂蜜もなかなか手にはいらないんだから、難しいんじゃない?
砂糖なんかほんの小さな小袋の値段で、麦の大袋が買えるのよ。」
―中世あるあるの、香辛料と甘味は貴族の特権ってやつだ……。
そんな事を考えながら、どうにか皆と美味しいものを食べられないか考えて眠りについた。
翌朝起きると、既にトム兄ちゃんは孤児院で飲む用の牛乳と、エミルダさんに頼まれた分を持ってきていた。
朝ごはんを簡単に済ませ、またアンが作ってくれたサンドイッチを持ってギルドに向かうと、昨日聞いていた通り、指名の依頼票を受け取り、作業場に向かった。
トム兄ちゃんの周りには、昨日陰口を言ってきた奴らも集まっている。
「じゃあ昨日教えた、冷却箱と凍結箱を作ってもらおうかね。午前中は3人合わせて10個づつが目標だよ。」
午前中のノルマを言い渡されて、魔法陣が掘られた箱と向き合う。
トム兄ちゃんの物ではないであろう、雑な掘りの箱に苦戦しながらも、2時間ほどで目標を終わらせることが出来た。
「おや、随分早く終わったねぇ。明日の納品分が無くなったから、ちょっと応用を教えようか」
エミルダさんは俺たちを集めて、新たな木の箱を持ってきた。
「これはね、清潔箱といって中に入れたものが綺麗になるんだ。服でも汚れた靴でもね。
ひとまずあんたたちの靴、片方だけ入れてごらん。」
そう言って、俺たちに靴を脱がせ、箱の中に入れるように節くれ立った、しわくちゃの指先を動かした。
お下がりをルナ姉ちゃんが何回も縫ってくれた、所どころ破けた布の靴を、それぞれ入れていく。
箱を閉めたエミルダさんは、その指先を金色に光らせ、木箱に彫られた『潔』の魔法陣をなぞりはじめた。
しなやかな筆遣いのように、丁寧に一つひとつの線を描く指先は見惚れてしまうほど美しい。
最後の一筆を描いた時、冷気が漂った今までとは違い、爽やかな匂いの風が漂ってきた。
額の汗を拭ったエミルダさんが、カタリと軽い音を立てて箱を開けてくれた中には、泥汚れや汗じみが一つもない俺たちの靴が入っていた。
破れた箇所はそのままだが、元々の布地の色が茶色からクリーム色に変わっていて、嫌なニオイもしない。
フィリップやカイと一緒に、あんぐりと口を開けて驚いていると、エミルダさんはニンマリと笑った。
「これができりゃ、王宮でだって働けるよ。なかなか出来るもんじゃないけどやってみな」
たしかに、洗うことの出来ないドレスや毛皮もキレイになるんだったら貴族に重宝されそうだ。
わくわくしている俺等の前に、エミルダさんは新しく魔法陣が描かれた箱を準備してくれた。
中にはもう片方の自分たちの靴を入れる。
『潔』と彫られた箱と向き合って、考え込んでしまった。
書き順はわかっているけど、あれどんな原理なんだ?
冷蔵庫や冷凍庫と違って、どうにもイメージがしづらい。
―【清潔箱】って言うからには殺菌とか消毒もしてないとダメだろ?
洗濯乾燥機だと、なんか弱い気がするし…
しばらく考え込んで思いついたのは、日本での子どもの頃の記憶にあった、光で殺菌をする機械だ。
―皮膚科のスリッパとか、銭湯のブラシとか、なんで殺菌されるか分からなかったけど、これと洗濯乾燥機を合わせたらいける気がする。
指先に意識を集中させて、一つひとつ丁寧に漢字を組み立てていく。
最後の点を打った時、集中しすぎて息を詰めていた俺は、ハアハアと息を荒げながら箱を開けた。
お日様のような柔らかく、爽やかな匂いとともに、綺麗になったもう片方の靴が顔を出した。
「おや、やるじゃないか」
エミルダさんは目を丸くして驚きながら褒めてくれた。
ニヤリともしていない、心底意外そうな顔でちょっと面白い。
隣のフィリップとカイは額と顎から汗を流して、絶えず集中していた。
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次回も明日17時頃投稿予定です
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