11.鶏小屋とオオカミ
「キャーーーッ!!!」
みんなで文字の練習を始めて、しばらく経ったある日のこと、俺たちはアンの悲鳴で目が覚めた。
急いで声のする方向に向かうと、鶏小屋の前で尻もちをつくアンとその先に鶏を咥えた大きなオオカミがいた。
周囲には鶏の羽根が散乱していて、オオカミの口元からは、血が滴っている。
鶏小屋の格子を破った様で、ほかの鶏たちも逃げ出してしまっている。
「危ないから中に入って!」
アンはそう言うけど、尻もちを着いたまま立てないみたいだ。
俺はこの間の鳩と同じ様に指先で『刃』を描き、オオカミに向かって投げた。
金色に光る漢字が刃の形になって、オオカミに向かって放たれるが、何度投げても当たらない。
何度も、何度も『刃』を指先で描き、オオカミに放つが、簡単に避けられてしまう。
クソ、なんで当たらないんだ!
――グルル
そうしていくうちに、俺の魔法に怒ったようにオオカミが咥えていた鶏を放して、こちらに向かって来ようとした。
怖い。
この後の鳩とはワケがちがう。
噛まれたらひとたまりもない。
『下がれ!!』
その瞬間、門の方向からトム兄ちゃんの声がした。
こっちに向かって走るトム兄ちゃんは、手に持っていた小さな木樽を投げ出し、足元の石をオオカミ目掛けて投げた。
俺が何度も魔法で『刃』を投げても当たらなかったのに、その石はオオカミの眉間に命中した。
――キャウッ
それに怯んだオオカミはそのまま、川の向こうの森に向かって逃げて行った。
ふっと息を着いたけど、辺りには散乱した羽根と、パニックを起こしている鶏、滴った真っ赤な血となんともカオスな状況になっている。
そんな中、トム兄ちゃんは一目散にアンに駆け寄った。
「アン、大丈夫か。ケガしてないか?」
俺もそれを追いかけてアンの方を見ると、手をついた時に切った様で、血が流れていた。
「ルナ水くれ!! 井戸より魔法の水の方が傷にいい。」
そう言うとルナ姉ちゃんは指先を金色に光らせ、『水』を描き、アンの手元に球体の水を出した。
傷に沁みるようで、顔をしかめている。
「エル、この間教会で新しい魔法習ったんだろ?治療魔法習ってねえか?」
おれは弾かれた様に、司祭様に見せてもらった木板の中にあったその魔法を思い出す。
アンの小さくて柔らかい手を思い出しながら、右手のそばで『治』と指先で描いた。
金色の文字は光の粒になって、右手に向かい、すっ と消えるように入ってく。ほのかに手全体を光らせてから柔らかく消えていった。
「わぁっ!! 治ったわエル!」
傷が治ったことよりも、俺が治療魔法を使ったことのほうが嬉しそうにアンは喜んでくれた。
少し照れくさくなって、そのまま無言で少し擦りむいていた左手にも同じように『治』を描く。
すると、どちらの手も傷口が分からないぐらい、綺麗に治っていった。
初めて使った治療魔法にドキドキしたけど、上手くいったみたいだ。
「アン、あと痛むところないか?」
トム兄ちゃんはアンに手を差し出し、立ち上がって確認するように促した。
「うん、大丈夫みたい。 みんなありがとう」
「さてと、これ片付けないとな。俺たちでやるからアンは中入っててくれ。 カイも。朝食の準備手伝ってくれ。」
トム兄ちゃんは木板と釘を使い、オオカミが破った小屋を手早く直していく。木が腐りかけて壊れそうな所も合わせて補強していった。
俺とフィリップで逃げた鶏を捕まえ、鶏小屋に戻した所で、ルナ姉ちゃんはアンが鶏小屋に来た目的の、卵を回収した。
ふと見ると、さっきトム兄ちゃんが投げ出した小さな木樽から、牛乳が漏れ出していた。
「あちゃー 蓋空いちまったか。残念だけど今日は牛乳無しだな。」
「トム兄ちゃん、この牛乳なに?」
「なにってお前、俺が毎日川の向こうの牛飼いの婆さんから貰ってるんだよ。」
「気づいて無いのも無理ないわ。トムはみんなの朝ごはんに間に合う様にって、日の出と同じぐらいに薪を持って出かけて、それと交換で牛乳を貰ってくるんだもの。」
初めて知った牛乳の出所に驚くと、ルナ姉ちゃんが少し呆れたように言いながら、卵を水魔法で洗っていた。
「オオカミ、川の向こうに行ったから一応婆さんに知らせて来るよ。」
そう言ってトム兄ちゃんはまた駆け出していった。
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次回明日17時頃投稿予定です。
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