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きっかけは【漢字辞典】〜名前の長い孤児が生きる、漢字が魔法になる世界〜   作者: 七瀬
第一章

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10.トム兄ちゃんの魔法と手習い


生暖かい鳩をぶら下げながら孤児院の門をくぐると、トム兄ちゃんが薪を割る音が聞こえた。


裏庭に回ると、上半身裸のトム兄ちゃんが右腕を光らせて薪を割っている。



物音に気付いたのか、こちらを見た。

「おお、エル。ってどうしたその鳥、狩ったのか?」

「うん。魔法当てたら仕留められたんだけど… これどうしたらいい?」


トム兄ちゃんは一瞬きょとんとした後、豪快に笑った。

「どうしたらって、エルお前、捌けもしないのに狩ったのか。 どれ貸してみろ。」


そう言ってトム兄ちゃんは鳩を捌いてくれた。

ブチブチと羽をむしり取っているトム兄ちゃんは、とんでもなく格好いい。


トム兄ちゃんの手元を見ながら俺は、さっき不思議に思ったことを聞いてみた。

「さっきトム兄ちゃんの腕光ってたのなに?」

「ああ、あれは『力』の魔法だ。腕にかけると力仕事が楽になる。」

「すげえ、そんな魔法もあるんだ。」

「ああ、まあ俺はこの魔法しか使えないけどな。」



手早く食べられない内臓掻き出すと、トム兄ちゃんはそばにあった木桶に水を出すように言った。


『水』


俺が指先で金色に光る漢字を描き、水を出すのをトム兄ちゃんは優しい顔で笑っている。


何度か水を替えながら血を洗い流して、捌き終わった鳩を俺に手渡してくれた。



「アンが食堂にいるはずだから持って行ってやってくれ。俺ももう少し割ったら、薪もって食堂に行くから。」


再度薪割りに戻ったトム兄ちゃんが、左の指先で右腕に『力』と書くと再度右腕が金色に光りだした。


パコンッ、パコンッと乾いた薪が割れる音がする。

斧を真っ直ぐに振り下ろすトム兄ちゃんの背中は筋肉が付いていてとても大きい。


丸裸になった鳩とトム兄ちゃんの背中を見ながら、おれはあの日の父さんの背中を一瞬思い出して、食堂の台所に向かい、アンにハトを見せた。



「あら、どうしたの? これ」

「帰りに魔法当てたら捕れたんだけど、捌けなくて… トム兄ちゃんが捌いてくれた!」


「捌くのよりも、捕まえるほうが早いなんて。

でもおかげで今日はご馳走ね」

弾けるように笑うアンはとても嬉しそうだ。


アンが鳩を小さく切ると、さっきまであんなにビクビクしていたのにもう食材にしか見えない。


唐揚げにローストチキン、てりやきチキン。

魔法で稼げたら皆で食べれるかな?


「そういえば、ルナ姉ちゃんが探してたわよ。

向こうに居るから、行っておいで。」


教会に行ったけど、ルナ姉ちゃんに報告できるほどの収穫は無かったのに。

恐る恐る食堂に行くと、ルナ姉ちゃんがフィリップとカイの2人と話をしていた。


「違うわ、フィリップの最後の文字はこっち。エンゴナシンの最後はこっちよ、これじゃ逆だわ。


あ、エル! やっと帰ってきたのね。こっちへいらっしゃい。」


ルナ姉ちゃんは、食堂のテーブルに俺を呼び寄せ座らせてた。


「洗礼を受けて魔法が使えるようになったら、住み込みの見習い奉公か、ギルドの仕事を貰えるようになるけど、名前も書けないようじゃ何処も雇ってくれないのよ。」



そう言って俺に渡してきた木札には見慣れない文字らしき物が並んでいた。


アルファベットでも漢字でもない、見たことのない曲線と直線、丸を組み合わせたような文字だ。

お手本の文字表は26字。それを組み合わせて使うらしい。


「これあなたの名前よ。院長先生にも合ってるか確認してもらったけど、長いったらないわね。」


ElnathAldebaran・Taurus・Engonasin


カイ、フィリップに並んでルナ姉ちゃんのお手本を見ながら、黒鉛に布を巻いただけのもので板に書

き付けていく。


「エル、名前の最後とエンゴナシンの最後は同じ文字よ。 これじゃエンゴナシルだわ」


文字は音に直結するらしい。やはり仕組みはアルファベットと同じみたいだった。

何度も書いていくが、どうにもお手本のように上手く書けない。大きさも角度もバラバラになってしまう。



「ルナ姉ちゃんみたいに上手く書けない。」

「こればっかりは練習するしかないわ。去年ここを出た子たちも、沢山練習したもの。」


ザラザラの木板と書きづらい鉛筆もどきで、ルナ姉ちゃんはどうしてこんなに上手に書けるんだろ。

日本の紙とボールペンが欲しくなった。


「おっ、やってるな。」


薪を担いだトム兄ちゃんが、後から俺たちを覗き込んで手元をみた。


「この木板、トムが切り出してくれたのよ。表面も何回も削って」

「ルナだって、遅くまで見本作ってただろ。

それ、裏も表も書いて、書く所無くなったら持ってこい。また削ってやるから」


俺やフィリップが口々にお礼を言う中、飽きてしまったカイの頭をうりうりと撫でながらニヤリと笑った。



「練習しないなら、割って薪にしちまうからな。名前が書けんと働いても給料貰えないぞ。覚えたらギルドに連れてってやるから。」



そう言い残しトム兄ちゃんは台所へ消えていった。


さっきまで紙とボールペンが欲しかったのに、手元の板がなんだか宝物みたいに思えてきた。

ご覧いただきありがとうございます。


次回明日17時頃投稿予定ですがストックが切れました!!

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