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封鎖を破る者

 封鎖開始から三日目。


「魔素農法の基本原理はこうだ」


 俺は南側の空き地に全員を集めて、地面に図を描いた。


「魔素には植物の細胞分裂を促進する波長帯がある。古代工場の制御ログに、それを応用した農業記録が残っていた。通常、作物の成長に必要な魔素は大気中に自然分散しているが、これを根の周辺に集中的に供給すると……」


《構造解析》が発動した。


 計算結果:魔素濃度を根圏で通常の八倍に維持した場合、細胞分裂速度は約六倍に加速。三ヶ月作物の成長期間を理論上、十四日に圧縮可能。


「三ヶ月を、二週間で」


 レーナが眉を上げた。


「数字が信じられませんが……古代工場が実証しているなら、否定する根拠もありません」


「ゴルド。装置は作れそうか」


「設計図見た。構造はシンプルだ」ゴルドが腕を組んだ。「魔素の流量を制御するバルブと、根圏に散布するチューブ網。材料は手持ちので何とかなる。三日でプロトタイプを出す」


「頼む。レーナは農地の造成を並行して進めてくれ」


「承知。工兵仕込みの土木作業、お見せします」


 レーナが即座に人員を集め始めた。元気のいい怒鳴り声が外に響く。


 ミラは既に山に入っていた。


―――


 封鎖から五日目。


「ルート、見つけた」


 ミラが山から戻ってきたのは夜だった。泥だらけで、耳がくたっと垂れている。それでも目が輝いていた。


「山の北側に古い獣道がある。昔、亜人が使ってた道。馬車は無理だけど、荷馬なら通れる。山向こうの集落と繋がってる」


「集落は協力してくれるか」


「うん。私が頼んだら……みんな、すぐ動いてくれた」ミラが少し嬉しそうに言った。「ヴァルデンのことは知ってた。亜人を雇ってるって」


 亜人を雇用している領地は、王国内でもほとんどない。それがこういう形で返ってくるとは思っていなかった。


「よくやった、ミラ。何を頼んだ」


「塩と油を最優先で。あと精錬鉱石。山の仲間たちが、別ルートで仕入れてくれる。ギルドの書類なんて、山には関係ないって」


「……商人ギルドが聞いたら泡を吹きそうだな」


 ミラがきゅ、と笑った。


―――


 封鎖から七日目。


「バルト領主から返答が来ました」


 フィーネが封書を持ってきた。


「内容は」


「『面白い提案だ。詳細を詰めたい』と。……カイル様、バルト領主はかなり前向きです。商人ギルドへの不満は以前からあったようで、直接取引のルート確立は彼にとっても利益があります」


「条件は」


「ヴァルデン産の魔素結晶を、市場の七割価格で優先供給すること。見返りに、食料と建材をギルドを通さず直送する。取引量は現在の三倍規模まで拡張可能と」


 俺は数字を確認した。


 魔素結晶の製造コストは市場価格の二割以下。七割で売っても十分な利益がある。食料と建材の直送ルートが確立すれば、東街道への依存を半分以下に削れる。


「受ける。すぐに返答しろ」


「既に草案を作っております」フィーネが淡々と言った。「カイル様のご確認を待っていました」


 ……仕事が早すぎる。


「フィーネ、交渉しながら草案まで作ってたのか」


「当然です。時間は有限ですから」


―――


 封鎖から十日目。


 朝、俺は南農地に立っていた。


 十日前は何もなかった更地が、今は青々とした苗で埋まっている。レーナの突貫工事で三反の農地が整地され、ゴルドの魔素制御装置が七十二本のチューブ網で地面に埋設されている。


 装置が起動してから七日。


《構造解析》が発動した。


 計測値:平均苗丈38センチ。通常栽培の二十一日相当。魔素濃度制御は安定。根圏魔素密度、設計値の九十四パーセントを維持。収穫予測:四日後。


「予定より二日早い」


 ゴルドが隣に立って、装置を眺めた。


「設計がよかったんだろ」と言いながら、どこか満足そうだ。


「お前の製造精度がよかった」


「ったく、素直に褒められると調子が狂う」


 その日の昼過ぎ、フィーネが数字を持ってきた。


「現状の整理です。山岳ルートから塩と油が三日分追加確保。バルトルートで食料の第一便が明日着予定。魔素農法の初収穫が四日後。精錬鉱石は山岳ルート経由で五日後に入荷」


「備蓄残は」


「食料は封鎖前より増えています。現在十七日分」


 俺は少し笑った。


 封鎖して十日が経ち、ヴァルデンの備蓄は増えている。


―――


 同じ日、ガルム宿場では別の動きがあった。


 商人ギルドが足止めしている商隊のうち、一つが業を煮やして正式に苦情を申し立てた。次の日、もう一つの商隊が山岳ルートの存在を嗅ぎつけて、独自に動き始めた。


 ヴァルデン行きの荷を持つ商人たちが、ギルドの書類を待たずに山へ向かっている、という情報がフィーネに入ってきたのは封鎖十二日目だった。


「商人ギルドの加盟商人が、自発的に山岳ルートに流れています。五つの商隊が確認できています」フィーネが淡々と言った。「ギルドとしての統制が効いていません」


「そりゃそうだ」ゴルドが鼻を鳴らした。「商人ってのは儲かるほうに動く生き物だ。ヴァルデンが金になるとわかりゃ、お上の言うことより自分の懐が大事だ」


「山岳ルートは正式な街道ではありませんが、ギルドの管轄外でもある。書類なしで商売できる」レーナが整理した。「封鎖が、逆に新ルートの有用性を証明してしまったわけですか」


「皮肉だな」


 封鎖十四日目。


 商人ギルドの王都支部に、加盟商人から苦情が殺到していた。ヴァルデンとの取引を止められた損失を誰が補填するのか、という問い合わせが三十件を超えた、という噂が入ってきた。


 ヴァルデン行きの山岳ルートは今や十一の商隊が使用しており、元々の東街道より活況を呈している。


 フィーネが静かに言った。


「封鎖されても成長する領地。これが何を意味するか、商人なら理解できるはずです」


 俺は頷いた。


「経済封鎖が成立する条件は、封鎖される側が外部依存している場合だ。俺たちは封鎖されている間に、外部依存を下げた。封鎖した側が想定した前提条件が、既に消えている」


「……ドナルト商会は、ヴァルデンが音を上げることを期待していた」レーナが言った。「しかし現実は」


「逆に、取引したい商人が殺到している」


 その夜、一通の書状が届いた。


 差出人の名前を見て、フィーネの手が一瞬止まった。


「……ドナルト商会の会頭が」


 フィーネが、静かに、しかし確かに動揺した声で言った。


「面会を、求めています」


 俺はその書状を受け取った。


 丁寧な文体で、和解と協議を求める内容が書かれている。五年前、フィーネを業界から追放し、告発を握り潰した商会の頭が、今度はこちらに頭を下げようとしている。


「カイル様」フィーネが俺を見た。「いかがなさいますか」


 俺は少し考えた。


 返答は既に決まっていた。


「会う。ただし、こちらの条件を先に文書で送れ。向こうがどう読むか、それで誠意がわかる」


「……承知しました」


 フィーネが深く息を吐いた。五年分の何かが、少し解けたような気がした。


 ヴァルデンの夜は静かだ。封鎖など最初からなかったように、街の灯りが並んでいる。


 備蓄は十七日分。山岳ルートに十一隊。バルトとの直接取引、稼働中。魔素農法、初収穫完了。


 数字は嘘をつかない。

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― 新着の感想 ―
干上がらせる筈が、逆に不満を買い始める結果に。 更には、不正をした者を引きずり出し、条件をつけ会うことにする。 それが相手にとって、不利な事でもだ。
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