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商人ギルドの矢

朝の執務室に、フィーネの報告が届いたのは昨夜の話の続きだった。


「商隊は三つ。ヴァルデン宛の食料と建材が主な積み荷です。いずれも東街道の中継宿場・ガルムで足止めされています」


フィーネが羊皮紙を机に広げた。几帳面な字で数字が並んでいる。


「足止めの理由は?」


「名目上は『街道の安全確認』。商人ギルドが定期巡回の証明書を発行していないため、先へ進めない、と」


俺は少し考えた。


……ああ、なるほどな。


「証明書の発行はどこが管轄している」


「商人ギルド王都支部です。ただ、その支部の現ギルドマスターは――」


「ドナルト商会の息がかかっている、と」


フィーネが一瞬だけ表情を固くした。


「……はい。間違いありません。これはドナルト商会の差し金です」


断言の重さが、静かな部屋に落ちた。


フィーネ・オルヴィスは元ドナルト商会の筆頭会計士だ。帳簿の操作、二重価格、関連領主への賄賂――五年かけて証拠を集め、商業裁定所に告発した。裁定の結果は「証拠不十分」。告発者は業界追放。商会はそのまま王都で生き続けている。


彼女が断言するなら、俺には疑う理由がない。


「封鎖?」


レーナが腕を組んで立っていた。銀髪が朝の光を反射している。


「軍の動きはない。街道を物理的に塞いでいるわけでもない。あくまで書類で締め上げる方式ですか」


「商人らしいやり口だ」


俺はそう言いながら、現状を整理した。


《構造解析》が発動した。


問題を分解すると、こうなる。


①東街道からの物資輸入ルートが事実上機能停止。②理由は商人ギルドが書類手続きを意図的に遅延させているため。③背後にドナルト商会の圧力。④目的はヴァルデンの交易利権を潰すか、あるいは屈服させて奪うか。


やることは筋が通っている。物理的な攻撃ではなく、経済的な締め付け。証拠が残りにくく、表向きは「手続き上の問題」として処理できる。なかなか手が込んでいる。


「フィーネ。ヴァルデンの現在の備蓄状況を教えてくれ」


「食料備蓄は……現在の人口百三十七名で計算すると、二週間分です。建材は工事中のものを優先すれば一ヶ月は持ちます。ただし追加の住宅建設は止まります」


「他に外部から仕入れているもので、止まると困るものは」


「塩と油。これは一週間分の余裕しかありません。それと……」フィーネが少し躊躇した。「魔素触媒に使う精錬済み鉱石です。古代工場の稼働維持に必要なものです。こちらは現在十日分」


ゴルドが舌打ちした。


「ったく、嫌なところを突いてくる。精錬鉱石は特殊品だ。山越えで仕入れるのも簡単じゃねぇ」


「二週間か」


俺は呟いた。


短いようで、短くない。


「カイル様」フィーネの声が少し固かった。「ドナルト商会は……本気です。あの人たちは、相手が根を上げるまで手を緩めません。私が告発したとき、業界の知人を全員切り崩されました。家族に圧力をかけたケースもあります。普通の商会ではありません」


俺はフィーネを見た。


彼女の目に、古い傷の痕が見えた。数字を語るときは冷静なのに、今だけ別の顔をしている。


「あなたが告発したとき、何年かかった」


「……五年です。証拠を集めて、裁定所に持ち込むまで」


「結果は」


「ご存知の通りです」


「うん」俺は頷いた。「それでも告発した。なぜ」


フィーネが少し黙った。


「……正しいと思ったからです。帳簿は嘘をつかない。数字が示す事実を、見て見ぬふりはできませんでした」


「そうか」


俺は立ち上がって窓の外を見た。ヴァルデンの街並みが朝光の中にある。三ヶ月前は廃村同然だった場所に、今は百三十七人が暮らしている。


「ドナルト商会がヴァルデンを標的にしたのは、俺たちがそれだけ脅威に見えているからだ」


「……それは」


「脅威に見えない相手を締め上げる手間は省かない。これは向こうが俺たちの成長を本気で恐れているという証拠だ」


レーナがわずかに口角を上げた。


「なるほど。封鎖は、ある意味で勲章ですか」


「そう考えると気が楽になる」


俺は机に戻って、紙を一枚手に取った。


「3つの手を同時に打つ」


フィーネがペンを構えた。


「まず第一。自給自足の強化。外から食料が来ないなら、内側で作ればいい。魔素農法の設計を俺がやる」


「……魔素農法、ですか」ゴルドが首を傾げた。「聞いたことがねぇな」


「古代工場の応用だ。詳細は後で説明する。ゴルド、農業用の魔素制御装置を作れるか」


「設計図さえあれば。しゃーねぇな、やってやる」


「第二。ディアント領のバルト殿に直接連絡を取る。商人ギルドを通さない、領主間の直接取引を提案する。フィーネ、交渉を頼めるか」


「……バルト領主は実利優先の方です。十分な利を提示すれば動く可能性はあります」フィーネが素早く計算した。「ただし、商人ギルドとの軋轢リスクをバルト領主が負うことになります。その分のリターンを上乗せする必要があります」


「数字を出してくれ。俺が確認する」


「承知しました」


「第三。ミラ」


俺は部屋の隅で静かに座っていた狐耳の少女に声をかけた。


「亜人のネットワークで、山岳ルートを使えるか。商人ギルドの管轄外で物資を動かせる道を探してほしい」


ミラがぴくりと耳を動かした。


「……できる。山の仲間たちは、ギルドの書類なんて気にしない。でも、道は険しいよ」


「険しくていい。使えるかどうかが問題だ」


「使える。絶対に」


ミラが静かに、しかしはっきりと言った。


レーナが一歩前に出た。


「農地の造成は私が担当します。工兵経験があります。突貫工事でも形にしてみせます」


「頼む」


俺は全員を見渡した。


百三十七人の暮らしと、この領地の未来が、今この部屋にある。


「2週間のタイムリミット。全員フル稼働になる。異存はあるか」


ゴルドが鼻を鳴らした。


「ったく、休む暇もありゃしねぇ」


フィーネが静かに帳面を閉じた。


「……一つだけ、お聞きしてもいいですか、カイル様」


「何だ」


「なぜ、動じないのですか。封鎖と聞いて、普通は焦るはずです」


俺は少し考えた。


「前の仕事で、工期が吹っ飛ぶ事態は何度も経験した。予算がゼロになることも、工法が根本から使えなくなることも。そういうとき必要なのは焦ることじゃなく、今使えるリソースを正確に把握することだ」


「……それが、2週間という計算ですか」


「2週間あれば十分だ」


俺は窓の外をもう一度見た。


ヴァルデンの朝が、静かに動いている。


食料備蓄、残り14日。


だが俺には、まだ切れるカードがある。

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