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エドムント兄上の贈り物

翌朝、使者は正式に謁見を求めてきた。


 領主館の応接室に並んだのは、見事な品々だった。


 高級ワイン十二本。王都の著名な醸造所のラベルが読める。絹織物が三反、深い紺色で光沢がある。魔術書が五冊、革装丁で金箔の紋様入り。そして中央に、封蝋付きの親書。


 使者は三十代と思しき落ち着いた男で、礼儀が行き届いていた。


「エドムント・ヴェルムント様より、カイル・ヴェルムント様へ。弟君のご活躍を伝え聞き、兄として祝意をお伝えしたく」


 俺は表情を動かさず親書を受け取った。


 エドムント兄上。三兄弟の次男。俺が辺境に追放されるとき、その場に居合わせて微笑んでいた男だ。止めもしなかったが、率先して排除を主張したわけでもない。ただ、静かに笑っていた。


 あの笑顔を思い出す。目が笑っていなかった。


 親書を開く。


「弟よ、元気にしているだろうか。ヴァルデンが賑わっているという話が王都にまで届いている。三男のお前がここまでやるとは、正直兄も驚いている。何か力になれることがあれば遠慮なく言ってほしい。兄弟は支え合うものだ」


 文面は友好的だ。攻撃的な要素は一切ない。丁寧で、温かみさえある。


 だからこそ、怖い。


「フィーネ」


「すでに算出しました」フィーネが帳簿を開く。顔に感情はない。「ワイン十二本、王都相場で金貨百二十枚。絹織物三反、金貨九十枚。魔術書五冊、内容により異なりますが平均で金貨一冊あたり百枚、合計五百枚。合計、金貨七百十枚。護衛と使者の旅費を含めれば実質八百枚相当です」


 使者が微かに目を見張った。即答に驚いている。いい反応だ。


「金貨八百枚」俺は繰り返した。「これは友好の証ではありません」


 フィーネが続ける。「友好の証なら、せいぜい百枚程度が相場です。八百枚は」


「値踏みです」俺は言い切った。「返礼品の質と量で、ヴァルデンの経済力を測ろうとしている」


 使者の表情が一瞬、ほんの一瞬だけ固まった。


 やはりそうか。


「使者殿」俺は穏やかに笑った。「兄上の心遣いに深く感謝します。返礼品は三日以内にご用意します。今日は宿をご用意しますので、ゆっくりお休みください」


 使者を下がらせた後、俺たちは部屋を変えた。


「カイル様」レーナが地図を広げる。「エドムント様の勢力圏は東部三領。騎士団への影響力も相当なものです。長兄アルヴィン様が王都の政治基盤を固めているのに対し、エドムント様は実力者との直接関係を構築するタイプと聞いています」


「そうだ」俺は窓の外を見た。「アルヴィン兄上は政治で支配する。貴族の連合、婚姻関係、議会での根回し。それが武器だ。エドムントは違う。経済と軍事の実力者を直接囲い込む。どちらが俺にとって危険かというと」


「どちらも等しく」フィーネが静かに言った。「ただし手法が異なります」


「ああ」


 問題は、二人が組んでいるかどうかだ。政治派と実利派が手を組めば、俺がどれだけヴァルデンを発展させても詰み筋が生まれる。しかし二人が競合しているなら、俺は両者の間に楔を打てる。


 今の段階では情報が足りない。


「返礼品の戦略を決める」俺は全員を見渡した。「魔素灯を十個」


「十個」ゴルドが眉を上げる。「金貨にすると」


「現時点での市場価格は一個あたり金貨二十枚から三十枚の間だ。十個で二百枚から三百枚。送られてきた八百枚の三分の一から四分の一」


「安すぎじゃねぇか」


「安すぎず、高すぎず」俺は言った。「しかし、技術力は見せつける。魔素灯はヴァルデン独自の産品だ。王都でも手に入らない。エドムント兄上は実利派だから、物の値段より物の希少性で判断する。八百枚の返礼に三百枚の希少品を送る。これは弱さじゃない」


「自信の表明ですね」フィーネが帳簿に書き込む。「我々は金貨でなく技術を持っている、という」


「それに」俺は少し間を置いた。「兄上が何を欲しがっているか、観察できる。魔素灯に対する反応次第で、次の手が決まる」


 ゴルドがため息をついた。「ったく、また面倒な兄貴が出てきやがったな。一人でも手がかかるのに」


「しゃーねぇな」俺はゴルドの口調を真似た。


「笑えねぇぞ」


 夜、俺は一人で窓の外を見ていた。


 兄が二人いる。敵も、二人いる。


 アルヴィンは俺を排除したがっている。それは明確だ。俺が追放されたこと自体、長兄の政治工作の結果だと考えている。エドムントは違う。値踏みに来た。ということは、まだ排除とも協力とも決めていない。それはつまり、俺次第ということだ。


 ヴァルデンがこれ以上発展すれば、二人の対応は変わる。アルヴィンは脅威として本格的に動き出す。エドムントは、より大きな値踏みをしてくる。だが、二人が組んでいるとは限らない。


 むしろ、組んでいない可能性に賭けるべき段階かもしれない。


 カイル・ヴェルムント三男、辺境領主。追放されて半年。人口は三十人から百人を超えた。古代工場を発見し、失われた技術を手に入れた。経済的自立まで、あと少し。


 まだ足りない。もっと速く動く必要がある。


 ドアをノックする音がした。


「カイル様、急報です」


 レーナの声だ。


「東街道で、ヴァルデンに向かう商隊が三つ、足止めを食らっています」


 俺は立ち上がった。


「どこで、誰に」


「それが」レーナが一拍置いた。「足止めした側の紋章が、確認できていないと。商隊の者たちは揃って、『見たことのない紋章だった』と言っているそうです」


 エドムントの使者が来た翌日に、商隊の足止め。


 ……偶然と呼ぶには、タイミングが良すぎる。


「レーナ、馬の準備を」


「カイル様自ら動かれますか」


「動く」俺は答えた。「ヴァルデンに向かう商隊を止める意味が何なのか、現場で確かめたい」


 古代工場の秘密と、兄たちの値踏みと、正体不明の足止め。


 糸が三本、同時に動き始めた気がした。

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