病の正体と、死霊術
俺はウルスラの胸の上に手をかざし、意識を研ぎ澄ませた。
死霊術の基本、降霊の術だ。
その場に留まる死者の霊を呼び寄せ、感じ取る。
指先に、ぞわりと冷たいものが触れた。
一体や二体ではない。
何十、何百という死者の霊が、鎖のようにウルスラの体に巻きついていた。
「これは病じゃない。呪いだ」
ミレイユが息を呑んだ。
「呪い……!? 教会の神官様にも何度も来ていただいたのですが、そのようなことは一言も……」
「死霊の呪いだからな。力を吸い取る時に憑りついて、高位神官が近づいてきたら離れていたんだろう。何度も繰り返しウルスラ嬢に憑りつく……執念深い怨念だ」
死霊たちは、ウルスラの生命力を少しずつ吸い上げている。
吸い上げた力の先に、何かがある。
このまま放っておけば、ウルスラはいずれ力を吸い尽くされ、動く死体へと成り果てるだろう。
墓守山犬の肉が、わずかに呪いの進行を食い止めていたのかもしれない。
それがなければ、彼女はとうに力尽きていたはずだ。
「解けるの?」
アイシャが、低い声で尋ねた。
「俺に解呪はできないが、死霊の相手は死霊術師の領分だ。魂魄支配……ソウル・ドミネーションを使う」
ソウル・ドミネーションは、戦場で死んだ敵兵の死霊を支配下に置き、自分のユニットとして戦わせるスキルだ。
サーヴァントスキルと違って、術者に敵対的な意思を持つ死霊を従わせることができるが、死霊と術者の能力差で成功率が変わる。
「……今回は、相当強力な霊が、たくさん絡みついている。成功する見込みは、正直に言って低い」
俺はエリスを見た。
エリスは、すでに両手を胸の前で組んでいた。
「祈りを」
淡い白銀の光が、寝室を満たしていく。
アイシャは扉の脇に立ち、廊下の気配に耳を澄ませている。
俺はウルスラの胸の上に手を置き、死霊術の魔力を流し込んだ。
途端に、凄まじい抵抗が返ってきた。
絡みつく無数の霊が、一斉にこちらへ牙を剥く。
氷の刃を素手で掴んだような痛みが、腕から肩へと駆け上がった。
「ぐっ……!」
奥歯を噛みしめる。
霊たちは怒っていた。
いや、怯えていた。
何かを守ろうとして、必死にしがみついている。
俺は、その霊たちに語りかけた。
死者は、恨みだけで動くわけではない。
何かを強く願った時、死者は生者の世界に留まる。
――あなたたちは、何を願っている。
答えは、すぐには返ってこなかった。
祈りの光が強まる。
エリスの額に、汗が浮かんでいた。
そして、霊たちの囁きが、ようやく俺の耳に届いた。
『帝国を、守れ』
『守れ』
『守れ』
何十、何百という声が、同じ言葉を繰り返している。
――この子を殺しても、帝国は守れない。
俺は霊たちに向かって念じた。
――この子は帝国の人間だ。あなたたちが守りたいものの、一部のはずだ。
一瞬、抵抗が緩んだ。
その隙を、俺は逃さなかった。
祈りの光に背を押されるように、絡みついた霊を一体、また一体と支配下に置き、彼女から離れろと命じた。
最後の一体が外れた瞬間、霊たちは悲鳴とも溜め息ともつかない声を残して、散っていく。
ソウル・ドミネーションの効果がゲーム通りだとすると、今後はこの死霊たちを召喚できるはずだ。
これまでの王家の墓での経験値稼ぎと、魔物やアシュラグラとの戦いで、俺のレベルはかなり上がっているはずだが、この霊たちには苦戦した。
エリスの祈りでの支援が無ければ、恐らく支配は失敗して、反撃を食らっていただろう。
自分より高レベルの死霊であっても、一度でも支配下に置けば戦闘ユニットとして使うことができるのは、この魔法のよいところだった。
考えているうちに、ウルスラの体から、紫色の腫れが引いていく。
膨れ上がった肉が、空気が抜けるように萎んでいく。
やがて寝台の上に横たわっていたのは、痩せ細った一人の少女だった。
青白い頬に、亜麻色の髪が張り付いている。
年の頃は、十五か十六だろうか。
体中の傷跡は残っていたが、それはもう、人の姿だった。
「……お嬢様」
ミレイユの声が震えた。
ウルスラは、自分の細くなった手を、信じられないという顔で見つめていた。
指を一本ずつ、ゆっくりと折り曲げる。
「……動く。わらわの、指が……動くのじゃ……」
ミレイユが寝台に縋りついて泣き崩れた。
ウルスラも、声を上げて泣いた。
ウルスラが落ち着くのを待って、ミレイユは一つの小箱を持ってきた。
中には、淡く光る二つの石が収められていた。
「お嬢様の母君が遺されたスキルストーンです」
「礼として、受け取ってほしいのじゃ」
寝台の上から、ウルスラが言った。
一つは、夜の闇を溶かし込んだような、深い紫色の光を放っていた。
「こちらはダークレイン。闇の矢を雨のように降らせ、多くの敵を追尾して撃ち抜く攻撃魔法です。闇の魔法に適性のある方でなければ扱えないので、ずっと眠らせたままになっていたのですが……」
ミレイユが、ちらりと俺を見た。
死霊術師なら、扱えるだろう。




