醜い行商人と、籠の中の令嬢
侍女同士の気安さからか、彼女は問わず語りに話を続けた。
お嬢様は、病で醜い姿に変わってしまったこと。
家族に遠ざけられ、北西の外れの屋敷に何年も籠もっていること。
他の使用人は気味悪がって、みんな辞めてしまったこと。
病で醜い姿になり、家族から遠ざけられ、屋敷に閉じこもっている娘。
女性が包みを受け取って去ろうとした時、俺は荷台の陰から声をかけた。
「待ってくれ。お嬢様のことで、話がある」
女性は警戒した目で俺を見た。
フードを目深にかぶった、怪しい行商人だ。
無理もない。
俺は人目のない荷台の陰で、ゆっくりとフードを外した。
女性の目が大きく見開かれる。
口元を押さえ、一歩、二歩と後ずさった。
いつもの反応だ。
だが、彼女は逃げ出さなかった。
「俺も、お嬢様と同じ病かもしれない。ご覧のとおり、まだこんな姿だが……外を歩ける程度には回復した。どうか、お嬢様を治療させてもらえないか」
嘘だった。
醜い姿の治療法なんてわかるわけない。
しかし、似たような境遇の人物を放っておくのは気が引けたし、屋敷に魔術結社の痕跡があるかも確認する必要があった。
侍女の震える唇から、かすれた声が漏れる。
「……治った、のですか。外に出られるまでに……」
彼女は、俺の顔をまじまじと見つめていた。
この顔を、こんな目で見られたのは初めてだった。
希望を見る目だった。
「お願いいたします。私はミレイユと申します。どうか、お嬢様を」
屋敷の中は、驚くほど静かだった。
豪奢な調度品は埃をかぶり、廊下の燭台にはほとんど火が入っていない。
壁際の書棚だけが、不釣り合いなほど手入れされていた。
古びた革表紙の本が、ぎっしりと並んでいる。
「お嬢様は、お話し相手が私しかおりませんので、亡き大奥様が遺された古い書物ばかりお読みになって育ちました。少し変わった話し方をなさいますが、どうかお気になさらず」
ミレイユが、申し訳なさそうに言った。
奥へ進むにつれて、甘ったるい腐臭が鼻を突いた。
エリスがわずかに顔をしかめ、アイシャが鼻を押さえる。
俺にとっては、馴染みのある臭いだった。
死体の臭いではない。
生きながら、何かが腐っていく臭いだ。
ミレイユが、寝室の扉の前で立ち止まった。
「お嬢様は、ご自分の姿に絶望されて……以前、ご自分の目を傷つけようとなさったことがあります」
声を潜めて、彼女は言った。
「私がお止めしましたが、それ以来、お部屋には尖ったものを一切置いておりません。どうか、お嬢様の手の届くところに刃物や針を近づけないでください」
俺たちは黙って頷いた。
ミレイユが扉を開ける。
天蓋付きの寝台の上に、それはいた。
膨れ上がった肉の塊。
そうとしか表現できない姿だった。
人の形をかろうじて留めているが、皮膚はところどころ紫色に腫れ上がり、指は丸太のように太くなっている。
顔の輪郭すら、腫れた肉に埋もれて判然としない。
「……ミレイユか? 誰ぞ、おるのか?」
肉の奥から、か細い少女の声がした。
「お嬢様。お嬢様を治せるかもしれない方を、お連れしました」
「……見るでない」
少女は、太く膨れた腕で顔を覆おうとした。
「見ないで、くれ……このような姿、誰にも……」
その声を聞いた瞬間、胸の奥が軋んだ。
見ないで。
近づかないで。
それは、俺がこれまでの人生で何千回と飲み込んできた言葉だった。
「大丈夫だ」
俺は寝台の傍に膝をつき、少女と目線を合わせた。
「俺の顔も、相当ひどい。お互い様だから気にするな」
少女の腕の隙間から、濁った瞳が俺を見た。
小さく息を呑む音が聞こえた。
「……まことに、ひどいお顔じゃ」
「よく言われる。行商人のレンだ」
少女の肩が、ほんの少しだけ揺れた。
笑ったのかもしれなかった。
「……ウルスラ、と申す。見苦しい姿で、すまぬ」
俺は、ウルスラの体を慎重に診ていった。
腫れ上がった皮膚には、蔦が絡み合うような細く複雑な線が走り、更に無数の傷跡がある。
刃物で深く斬られた跡。
矢が貫いたような、丸い傷。
炎に焼かれた、引きつれた火傷。
俺は眉をひそめた。
「ミレイユ殿。お嬢様は、戦場に出られたことがあるか?」
「まさか。お嬢様は剣など握ったこともありません。この屋敷から、もう何年も出ておられません」
屋敷に籠もりきりの少女が、負うはずのない傷ばかりだった。
しかも、どれも新しい。
まるで、どこかの戦場で誰かが受けた傷を、そのまま写し取ったかのように。
だが、それが何を意味するのか、俺にはわからなかった。
俺は死霊術師で、医師ではない。
これが病なのか毒なのか、それすら判断がつかなかった。
その時、寝台の脇の小卓に置かれた皿が目に入った。
食べかけの、墓守山犬の肉。
食欲はないのに、なぜかこの肉だけは食べる。
ミレイユの言葉が、頭の中で引っかかった。
アストレア戦記では、墓守山犬の肉は「墓守山犬の干し肉」という食材アイテムになっていた。
食べると、呪いへの耐性とHPとMPが上がる。
呪いを使う敵の多いダンジョンに潜る前に食べておく、地味なアイテムだった。
体が、本能的に呪いへの耐性を求めていたのだとしたら。
「……まさか」




