帝都潜入と、まずい肉の使い道
結局、くじ引きでアイシャが妻、エリスは侍女に決まった。
帝都の門は、噂のとおり行商人で溢れ返っていた。
荷馬車の列は街道の彼方まで続き、門番たちは汗だくで書類をめくっている。
俺はレン、アイシャはその妻として、エリスは侍女のリズとして名乗った。
門番は荷台を一瞥しただけで手を差し出した。
アイシャがその手に銀貨を一枚落とす。
「通れ」
荷を改めることも、顔を確かめることもなかった。
エリスの読みの正確さに、俺はフードの奥で苦笑した。
少し離れた大通りを、王国の紋章旗を掲げた使節団の馬車が進んでいく。
先頭の白馬に跨がっているのは、聖騎士の正装を纏ったカティアだ。
カティアは一瞬だけ、行商人の列に紛れた俺たちの方へ視線を向けた。
そして、ほとんど分からないくらい小さく、頷いた。
帝都は、黒い石材で築かれた巨大な城塞都市だった。
王都よりもはるかに広く、大通りには異国の言葉が飛び交っている。
俺たちは安宿に荷を下ろすと、すぐに帝都の北西の外れへと向かった。
アストレア戦記において、聖霊の巫女誕生イベントの舞台となった屋敷。
魔術結社が、巫女の素質を持つ少女たちを攫って閉じ込めていた場所だ。
ゲームの記憶では、古い水路沿いに建つ、蔦に覆われた廃屋だった。
だが、辿り着いた先にあったのは、廃屋ではなかった。
手入れの行き届いた庭園に、白い石造りの邸宅。
門には見慣れない貴族の紋章が掲げられ、槍を持った衛兵が二人立っている。
「……ここで、合っているのか」
「レン様の記憶では、どのような建物だったのですか?」
侍女姿のエリスが、小声で尋ねる。
「誰も住んでいない、荒れ果てた屋敷でした」
少なくとも、ゲームの中では。
俺はしばらく様子を窺ったが、やがて首を横に振った。
「今日は引き上げましょう。それなりの身分の貴族の屋敷のようですし、どれだけの人間がいるかわかりません」
「力ずくでは入れない、ということ」
アイシャが、残念そうに屋敷を見上げた。
帰り道、俺は自分に言い聞かせていた。
この世界は、アストレア戦記とよく似ている。
だが、ゲームの知識がそのまま通じるとは限らない。
アランとステラが帝国に捕まった時に、それは痛いほど思い知ったはずだ。
翌日から、俺たちは屋敷の周辺で聞き込みを始めた。
「屋敷に人が住んでいるなら、食べ物は必ず買いに出るはずです」
エリスの読みどおり、北西の外れに近い市場の肉屋で、手がかりが見つかった。
「あの屋敷の侍女なら、三日に一度うちに来るよ」
肉屋の親父は、包丁で骨を叩き割りながら言った。
「いつも、一番安い肉を買っていくんだ」
「一番安い肉、ですか」
親父は周りを見回し、声を潜めた。
「ここだけの話だがな。家畜の肉に、墓守山犬の肉を混ぜてるんだ。帝都の外の墓地にいくらでも湧く魔物でな、毒はないが臭くてまずい。その分、安く売れる。あんなもんを何度も買っていくのは、あの侍女くらいのもんだよ」
墓守山犬。
前線の砦で、毒見を重ねて食べられると確かめた魔物の一つだった。
「その肉、今ある分を全部ください」
俺の言葉に、親父が目を丸くした。
「全部? 物好きだな、あんた」
肉屋を離れた後、アイシャが首を傾げた。
「レン、そんなまずい肉、どうするの」
「串焼きにして売る」
「まずいのに?」
「味付け次第で、どうにでもなる。前線の砦で散々試したからな」
エリスが、楽しそうに微笑んだ。
「あの方がいつもの肉を買えなくなれば、同じ肉を扱う店を探すはずです。肉屋のご主人に、私たちの屋台を教えてもらえるよう頼んでおきましょう。買いに来てくださった時のために、どこにも負けない美味しい串焼きを作りましょう」
俺たちは肉屋の近くに荷台を据え、炭火で串焼きを始めた。
墓守山犬の肉は、香草と塩、それに果実の汁に漬け込んで臭みを抜けば、驚くほど柔らかく仕上がる。
味の調整は、なぜかエリスが一番熱心だった。焼き上がるたびに一本、また一本と試食しては、香草の配合を変えていく。
「リズ、それで何本目?」
「味見です。お客様にお出しするものですから」
アイシャの冷ややかな視線にも、エリスは澄ました顔で串を頬張っていた。
物珍しさもあってか、屋台にはそれなりに客がついた。
フードを目深にかぶった無愛想な夫と、銀貨を数える冷静な妻と、愛想よく串を手渡す侍女。
奇妙な三人組の屋台は、市場でちょっとした評判になった。
三日目の昼、灰色のお仕着せを着た痩せた女性が、屋台の前に立った。
二十代半ばくらいだろうか。
お仕着せには何度も繕った跡があり、目の下には濃い隈が浮かんでいる。
「あの……肉屋のご主人から、こちらで同じ肉を扱っていると伺ったのですが」
「はい。墓守山犬の肉ですね」
エリスが、にこやかに串を差し出した。
「よろしければ、お一つ味見をどうぞ」
女性は戸惑いながら串を受け取り、一口かじった。
そして、目を見開いた。
「……美味しい。同じ肉とは思えません」
「どなたか、このお肉がお好きな方がいらっしゃるのですか?」
エリスが尋ねると、女性は少しだけ表情を緩めた。
「お仕えしているお嬢様が、ずっと伏せっておられて。食欲はほとんどないのに、なぜかこの肉だけは召し上がってくださるのです」




