ラグナの歓迎と、王女の告白
翌日の昼過ぎ、俺とアイシャは城塞都市ラグナの城門に辿り着いた。
城壁の上には、王家の紋章と聖教会の白い旗が並んで翻っている。
その下に、見慣れない旗がもう一つあった。
深紅の地に、祈るように組まれた白い両手が描かれた旗だ。
城門の前に立つと、見張りの兵士が俺の顔を見て声を上げた。
罵声ではなかった。
「レオン様だ!」
「フェルディナ参謀がお戻りになったぞ!」
城門が内側から開かれ、兵士たちがわらわらと駆け出してくる。
グール農法の畑を一緒に耕した兵士がいた。
魔物の肉の毒見に志願してくれた兵士もいた。
「よくご無事で!」
「王都での話は聞きました。ひどい目に遭われたそうで」
「大丈夫ですよ、レオン様。エリス様が全部うまくやってくださいますから」
次々と肩を叩かれる。
相変わらず誰も目を合わせようとはしないし、何人かは顔を背けて口元を押さえているが、それでも彼らは俺を囲んで笑っていた。
王都の中央広場とは、何もかもが違っていた。
「……うまくやる?」
俺が聞き返すと、兵士たちは顔を見合わせてにやりと笑った。
「まあ、見ればわかりますよ」
兵士たちに導かれて、俺は城塞都市の中央広場へと向かった。
広場には、ラグナの住民と兵士たちが詰めかけていた。
中央に組まれた壇の周りを、白い法衣の神官戦士団が固めている。
その先頭に立つのは、聖騎士の正装を纏ったカティアと、白い眉毛の神官戦士総兵長だ。
カティアが俺に気付き、ほっとしたように目元を緩めた。
そして、壇の上に。
白いドレスに深紅の外套を羽織り、長い黒髪を風になびかせたエリスが立っていた。
深紅の瞳が、まっすぐに俺を捉える。
その目には、もう虚ろな光はなかった。
広場が静まり返る。
俺は壇の前まで進み出て、膝をついた。
「レオン・フェルディナ、参りました」
エリスは何も言わず、壇の階段をゆっくりと降りてきた。
一歩、また一歩と近づいてくる。
俺の目の前で立ち止まったエリスの指先が、かすかに震えているのが見えた。
「……顔を上げてください、レオン様」
言われるままに顔を上げる。
見えるようになったエリスの瞳に、俺の顔が映っていた。
エリスの頬が、ぴくりと強張る。
肩が小さく震え、唇がきゅっと結ばれる。
やはり、そうだ。
この顔を見れば、誰だってそうなる。
だが、エリスは目を逸らさなかった。
震える肩を自分で押さえつけるようにして、俺の顔を真正面から見つめ続けた。
「正直に申し上げます」
エリスの声は、少しだけ掠れていた。
「王都の広場で初めてレオン様のお顔を見た時、驚きました」
胸の奥が、ずきりと痛んだ。
わかっていたことだ。
「ですが、驚いただけです」
エリスは一度大きく息を吸い込んだ。
「それ以上に、あの時は腹が立ちました」
「……腹が?」
「レオン様の仮面を、無断で剥ぎ取ったあの騎士に。私が光を取り戻し、レオン様を振り向いた瞬間を、狙いすましたように」
エリスの深紅の瞳に、鋭い光が宿った。
「あの時、私は叫びそうになりました。『無礼者』と。ですが、帝国の皇太子の護衛騎士を、和解の式典の場で王女が罵倒すればどうなるか。帝国にとっては、願ってもない口実になります」
だから、舌を噛んだ。
悲鳴ではなく、怒りを殺すために。
「信じていただけないかもしれませんが……」
「信じます。エリス様の言うことなら」
実際、嘘でもよかった。
俺の顔を見て悲鳴を上げそうになったのだとしても、そうではないと今この場で言ってもらえることに意味があった。
「仮面を外すよう命じたのは、皇太子殿下ご本人でしょう。あの方は、私の求婚の拒否に備えて、最初から私たちの婚約を壊すつもりだったのです。おそらくは、アークライト公爵とも通じて」
広場の笑みを浮かべた公爵の顔が、脳裏をよぎった。
「申し訳ございませんでした、レオン様。気を失っている間に、あなたを一人で行かせてしまった」
エリスが深々と頭を下げる。
俺は慌てて首を横に振った。
「謝らないでください。エリス様は、何も悪くありません」
「いいえ。ですから、ここからは私の番です」




