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消えた未来と、亜魔族の集落

日が沈み、街道が闇に包まれても、俺は走り続けた。

八本の腕で地面を掴んで進みながら、頭の中では、ずっと同じことを考えていた。

帝国は、エリスの力に価値を見出した。

国宝のエリクサーを差し出し、皇太子自ら求婚するほどに。

そうなった以上、アークライト公爵の一派が、エリスを聖霊の巫女にすることはもうない。

帝国が欲しがる王女を、五感を奪って兵器に変えるなど、外交上あり得ないからだ。

つまり、エリスを巫女の儀式から守る婚約者としての俺の役目は、終わった。

姉上や殿下、カティアは俺を庇ってくれたが、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

王国に、俺の居場所はもうない。

フェルディナ侯爵家は、これまでの功績があるから、すぐに蔑ろにされることはないだろう。

だが、王都で騒ぎを起こした俺のせいで、確実に力を落とす。

そして俺自身は。

婚約者の王女に拒絶され、民衆に石を投げられ、王都から逃げ出した醜悪な男。

そんな男と婚約しようという令嬢が、この先現れるはずもない。


セレスティアを守り、フェルディナ家を守り、可愛い奥さんと幸せに暮らす未来を守る。

そのために、俺はゲームの確定イベントに抗ってきた。

だが望んだ未来は、今度こそ完全に消えてしまった。

夜空を見上げると、星がやけに滲んで見えた。

王都にも侯爵領にも、今は戻れない。

身を寄せられる場所は、一つしか思い浮かばなかった。

二日走り続けて、俺は亜魔族の集落に辿り着いた。

獣の骨と色鮮やかな羽で飾られた柵の前で、門番たちが弓を構える。

だが、俺の顔を見た途端、彼らはあっさりと弓を下ろした。

「なんだ、お前か。相変わらず人間離れした顔だな」

「やはり人間じゃないな。なら安心だ。入れ」

「だから、人を外見で判断するなって……」

俺は深くため息をつきながら、柵の内側へと足を踏み入れた。

族長の天幕で、アイシャは黙って俺の話を聞いていた。

パレードのこと、皇太子の求婚のこと、エリクサーのこと、仮面のこと。

そして、エリスが舌を噛んで倒れたこと。

全てを聞き終えると、アイシャは獣皮の玉座から立ち上がり、俺の前にしゃがみ込んだ。

「レオン、これからはここで私と暮らせばいい」

「アイシャ……」

「ここなら誰もレオンに石を投げない。畑仕事もあるし、魔物の死体もたくさん手に入る。レオンの好きなフレッシュゴーレムも作り放題」

魅力的な提案だった。

少なくとも、今の王国よりはずっと居心地がいいだろう。

アイシャは銀色の髪を揺らし、少しだけ首を傾げた。

「エリスに、幻滅したでしょう……?」

「……え?」

「他の人間たちと同じ。レオンの顔を見て、悲鳴を上げそうになった」

俺は首を横に振った。

「エリス様は悪くない。誰にだって、好みはあるからな」

「でも」

「むしろ、ありがたいと思ってるよ。舌を噛んで気を失ってまで、悲鳴を上げないようにしてくれたんだ。俺を傷つけないために。そういう気遣いも、感情を抑えて俺みたいな男と政略的な婚約を結べる冷静さや賢さも……俺の好みだと思う。俺に好みがあるんだから、エリス様に好みがあるのは、全然悪いことじゃない。そういうことだ」

アイシャはしばらく黙って俺を見つめていたが、やがてジト目になった。

「やっぱり、尊敬はできない」

「手厳しいな」

「レオンは結局、全部エリスのため。わかってたけど」

「王都にも侯爵領にも、戻れるかはわからない。それでも、陰ながらエリス様や姉上を支えたいと思ってる」

アイシャは小さく息を吐き、それから立ち上がった。

「わかった。協力する」

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