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皇太子の求婚と、剥がされた仮面

中央広場には、パレードの何倍もの群衆が詰めかけていた。

広場の中央に設けられた壇上で、国王陛下と王妃陛下が俺たちを迎える。

その隣に立っていたのが、帝国皇太子ジークハルトだった。

灰銀色の髪を後ろに流し、柔和な笑みを浮かべた二十歳前後の青年だ。

背後には、熊のような体躯の護衛騎士が控えていた。

「エリス王女殿下。お目にかかれて光栄です」

ジークハルトは、エリスの前で深く腰を折った。

「先日は、両国の行き違いから、アラン王太子殿下とご学友に多大なご迷惑をおかけしました。現地の指揮官が功を焦り、本国の意思を確かめぬまま拘束と要求に及んだこと、帝国を代表して心よりお詫び申し上げます」

非の打ちどころのない謝罪だった。

自国の非を認め、責任の所在をはっきりさせ、それでいて卑屈にはならない。

話のわかる人物だ、と俺は素直に思った。

群衆からも、感心したようなどよめきが上がる。

だが、ジークハルトの言葉はそこで終わらなかった。

「そして、エリス王女殿下。この場をお借りして、申し上げたいことがございます」

ジークハルトは顔を上げ、まっすぐにエリスを見つめた。

「私は戦場での殿下のお噂を聞き、ずっとお会いしたいと願っておりました。そして今日、隣国の皇太子である私にさえ穏やかに微笑んでくださる殿下を目の当たりにして、確信いたしました。どうか、私の妃となっていただけないでしょうか」

広場が、一瞬で静まり返った。

そして次の瞬間、嵐のような騒ぎが巻き起こった。

「求婚だ!」

「帝国の皇太子が、王女殿下に!?」

壇上の国王陛下が、さっと顔色を変える。

明らかに、事前の打ち合わせにはなかった言葉だ。

ふと壇の下に目を向けると、アークライト公爵が口元に笑みを浮かべていた。

祝いの席だから笑っているのだろうか。

そんなことを考えたのは一瞬で、喧騒の中ですぐに意識の外へと流れていった。

エリスが、俺の手を取った。

「身に余るお言葉、ありがとうございます。ですが、私には婚約者がおりますので」

凛とした声だった。

迷いの欠片もなく、俺の手を握ったまま、エリスはジークハルトに向かって静かに頭を下げた。

胸の奥が、じんと熱くなる。

政略で結ばれた、いずれ解消される予定の婚約だ。

それでも、こうして大勢の前で俺を婚約者と呼んでくれたことが、たまらなく嬉しかった。

ジークハルトは、少しだけ寂しげに微笑んだ。

「……そうでしたね。失礼いたしました。では、せめて謝罪の品だけでも、お受け取りいただけないでしょうか」

護衛騎士が、恭しく小箱を差し出す。

中に収められていたのは、淡い霊気の光を放つ液体で満たされた、水晶の小瓶だった。

「帝国の国宝、エリクサーにございます」

俺は息を呑んだ。

エリクサー。

アストレア戦記において、使用するとあらゆる状態異常を癒やし、HPとMPを全回復させ、戦闘不能の仲間すら蘇らせる、最上級の回復アイテムだ。

入手できる数が極端に少ないため、もったいなくて使えないまま、最後までアイテム欄に眠らせてしまう。

プレイヤーなら誰もが一度は経験する、そういう類の代物だった。

「そのような貴重なものは、いただけません」

エリスが首を横に振った。

「死者をも蘇らせる薬なら、前線で命を懸けている兵士たちのためにこそ、使われるべきです」

「その慈悲深さこそ、私が心を奪われた理由です」

ジークハルトは、穏やかに言った。

「ですが、殿下ご自身が光を取り戻されることが、何より多くの兵を救うことになるでしょう」

止める間もなかった。

ジークハルトは小瓶の蓋を開け、その中身をエリスに振りかけた。

淡い光の粒が、霧のようにエリスを包み込む。

「……あ」

エリスが、小さく声を漏らした。

光を失っていた深紅の瞳に、焦点が宿っていく。

何度か瞬きを繰り返し、エリスは震える声で呟いた。

「……見え、ます」

群衆から、割れんばかりの歓声が上がった。

奇跡だ、と誰かが叫ぶ。

エリスは自分の両手を見つめ、空を見上げ、そしてゆっくりと、隣に立つ俺の方を振り向いた。

その瞬間だった。

「皇太子殿下の面前で仮面を着けたままとは、失礼というもの」

背後から伸びてきた太い腕が、俺の仮面を剥ぎ取った。

ジークハルトの護衛騎士だった。

銀細工の仮面が、乾いた音を立てて石畳に転がる。

歓声が、悲鳴に変わった。

「ひっ……!」

「な、なんだあの顔は!」

「化け物だ!」

最前列の群衆が、我先にと後ずさる。

壇上の貴族たちは一斉に顔を背け、警護の騎士たちは剣の柄に手をかけて、嫌悪感のあまり斬りかかろうとする仲間を互いに押さえつけている。

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