凱旋パレードと、姉の銀仮面
王都に戻ってから十日ほどが過ぎた頃、俺とエリスは再び王座の間に呼び出された。
今回は、居並ぶ貴族たちの視線にも以前ほどの棘はない。
ラグナの解放とアラン救出という二つの功績は、さすがに彼らの態度を多少は和らげたらしい。
もっとも、目が合うとすぐに逸らされるのは相変わらずだった。
「帝国の皇太子、ジークハルト殿下が、先のアラン拘束の件について謝罪のため、王都を訪れることになった」
玉座の国王陛下が、重々しく告げた。
「謝罪、ですか。帝国の皇太子殿下が、自ら」
「うむ。両国の行き違いから、あわや戦になりかけたことを詫びたいとのことだ。そこで、アラン救出の英雄であるエリスを主役として、王都で凱旋のパレードを行う。最後に中央広場で、皇太子殿下から謝罪の言葉と贈り物を受け取る段取りだ」
エリスが静かに頭を下げる。
国王陛下は、続けて俺へと視線を移した。
「レオン。そなたも婚約者として、エリスの隣に並べ」
「私が、ですか?」
思わず聞き返した。
祝いの場に俺の顔が並べば、それだけで祝賀の空気が台無しになりかねない。
案の定、階段の下に控えていたアークライト公爵が一歩進み出た。
「陛下、恐れながら。民衆の中には、レオン殿のお顔に慣れぬ者も多うございます。祝いの場で騒ぎが起きては、両国の和解に水を差しましょう。レオン殿には、仮面を着けていただくのがよろしいかと」
以前の公爵なら「出るな」と言い捨てただろうから、これでも随分な譲歩なのだろう。
「承知いたしました。それが無難かと存じます」
俺が頷くと、隣のエリスがほんの少しだけ唇を尖らせた。
「私には見えないのですから、仮面があってもなくても同じですのに」
「民衆の皆さんのためですよ、エリス様」
「わかっています。わかっていますけど」
拗ねたような声に、少しだけ胸が温かくなる。
それにしても、帝国の皇太子が自ら足を運ぶとは。
国境の町とグラディオンで、ヴォルフはエリスの『祈り』を二度も目の当たりにしている。
その報告が皇帝の耳に届いていれば、帝国がエリスに興味を持つのは当然だろう。
謝罪という名目で、その力を見定めに来るのも無理はない。
そこまで考えて、俺は思考を打ち切った。
外交は王家の仕事で、俺が口を出すことではない。
パレード当日の朝、王城の控室にセレスティアがやってきた。
「レオン、これを着けなさい」
差し出されたのは、銀細工の仮面だった。
目元から顎までを覆う造りで、表面には蔓草の繊細な彫刻が施されている。
「姉上が用意してくれたのか?」
「どうせ着けるなら、胸を張って並べるものにしなさい。間に合わせの布切れなんか被って、エリス様の隣に立たせるわけにはいかないでしょう」
着けてみると、驚くほど軽かった。
鏡に映る自分は、どこかの貴公子のようにも見える。
「似合うわよ。でも……私は、素顔の方が愛嬌があっていいと思うわね。やっぱり仮面は無しにする?」
「姉上」
「冗談よ。私はこれから来賓席に行くわ。アラン様の隣よ。陛下のご指示だから、仕方なくね」
グラディオンでの一件以来、アランはセレスティアに負い目を感じているのか、少し前までの険悪さは無くなっていた。
パレードは、王城の正門から中央広場まで、王都の大通りを一直線に進む。
白馬に引かれた屋根のない馬車に、俺とエリスは並んで座った。
沿道は人で埋め尽くされ、建物の窓という窓から花びらが降ってくる。
「エリス様!」
「戦女神様!」
「目が見えなくても戦場に立たれたなんて、なんて強いお方だ!」
「敵国の兵まで殺さずに退かせたんだろう? 慈悲深いお方だよ!」
歓声は途切れることがなかった。
エリスは穏やかに微笑み、声のする方へ小さく手を振っている。
美しく、強く、慈愛に満ちた王女。
民衆の称賛は、何一つ間違っていなかった。
だが、その声に混じって、別の囁きも聞こえてくる。
「隣の仮面の男は誰だ?」
「あれが例の婚約者だろう。死霊術師の」
「顔を隠していても、なんだか寒気がするな」
「ああ、禍々しい気配だ。王女様には不釣り合いだよ」
顔を隠していても禍々しい気配って何なんだ。
俺は仮面の下で、乾いた笑いを漏らした。
その時、膝の上に置いていた俺の手に、小さな手が重ねられた。
「私はこうして並んでいられることを、とても誇らしく、嬉しく思っていますから」
握られた手に、少しだけ力がこもる。
俺は何も言えず、ただその手を握り返した。
沿道の警護には、馬上のカティアの姿があった。
聖騎士の白い正装で、群衆の動きに鋭く目を配っている。
一瞬だけ目が合うと、彼女は小さく頷いてくれた。
来賓席の前を通り過ぎる時には、並んで座るセレスティアとアランの姿が見えた。
会話を交わしている様子はないが、同じ席に並んでいるだけでも大きな進歩だ。
このまま全てがうまくいけばいい。
俺は本気でそう思っていた。
久々の投稿となります。改めてよろしくお願いいたします。




