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王太子殿下の才と、姉の思い出

アランがよろめいたところに足をかけて転ばせると、セレスティアは馬乗りになってアランの鼻をつまみ、慌てるアランの口の中に万能薬を流し込んだ。

「目を覚ましなさい! 馬鹿王太子!!」

セレスティアが叫んだその瞬間、アランの体から放たれていた攻撃的な魔力が嘘のように霧散した。

「あ……れ……? 俺は、何を……」

アランの瞳に光が戻り、手から宝剣が離れる。

「王太子殿下は確保したわ! みんな、撤退の準備を……!」

傷だらけのセレスティアが立ち上がり、周囲に撤退の指示を出そうとしたその時、地面に倒れていたアランが、セレスティアのローブの裾に必死に縋り付いてきた。

「待て! 待ってくれ! ステラがまだ囚われているんだ!! 助けなければ……」

「アラン様、あの娘のことは後です! ご自身がどのような立場か、考えてください! ここにいる皆は、あなたを助けるために命を懸けて戦っているのです!」

セレスティアが厳しい声で諭すが、アランは首を横に振った。

「しかし俺は、ステラに何かあったらもう……」

アランの悲痛に満ちた表情と懇願する声に、周囲の兵士たちの動きが一瞬止まった。

「……ステラ殿とは、そういう関係になっていたのか」

誰かがボソリと呟いた言葉が、全軍の認識を代弁していた。

「頼む、セレスティア! ステラを助けてくれ! ステラは、俺の光なんだ! 剣も魔法も伸び悩んで、新しいスキルも覚えられなくなっていた……中途半端な俺に、諦めないことを教えてくれたんだ!!」

命を懸けて助けに来てくれた元婚約者に、今の想い人の素晴らしさを涙ながらに語り、あまつさえ助けてくれと縋り付く。

いくらなんでも、それは言ってはいけないことだろう。

俺だけでなく、周囲の兵士たちの間にも、戦闘とは全く別の、なんとも言えない気まずい緊張感が走った。

皆がセレスティアの顔色を窺う。

「……わかりました。アラン王太子殿下」

セレスティアの声は驚くほど落ち着いていた。

その表情には怒りも悲しみもなく、ただ一人の貴族として、目の前の主君の言葉を受け止める冷静さがあった。

その態度に、一同はほっと胸をなでおろす。

「あなたにはあの娘が必要なのですね。ステラのいる場所はわかりますか?」

「ああ、案内できる! あとは、『解錠』と『解毒』と『解呪』と……『結界』と『透視』と『暗視』のスキルを持った兵士を連れてきてくれ!」

「ええと、そのスキル、全て必要なのかしら?」

「そうなんだ! 街の中の特殊な建物に幽閉されていて、何重にも罠が張り巡らされている。ステラを安全に助け出すには、全部のスキルが必要なんだ!」

俺は絶望的な気分になった。

今回の戦いはアラン救出作戦だ。

牢屋から助け出すために『解錠』スキルを持つ兵士は数名連れてきていたが、それ以外のアランが求める特殊なスキルを持った兵士を、この小規模な救出軍の中で全て揃えることなど、絶対に不可能だった。

「アラン王太子殿下。やはりステラのことは、今は諦めてください。交渉で必ず取り戻します」

「ダメだ! 俺が逃げたらステラがひどい目に遭わされるかもしれない! すぐに助けに行かないとだめだ!」

「王太子殿下もわかっているはずです。仰ったスキルを持つ者がこの戦場にいるのか、いないのか……わかっているはずです」

セレスティアの冷静な指摘に、アランは唇を噛み締め、そして決絶した表情を浮かべた。

「ならば……俺は逃げないぞ! 今ここで、ステラの身柄と俺の身柄を交換するよう、帝国に申し出よ!」

「あり得ません! そんなことはできません!!」

セレスティアが声を荒げ、カティアも「正気ですか!?」と信じられないという顔をした。

この騒ぎの中で俺は、「アストレア戦記」をプレイした記憶から、今の絶望的な状況の打開策をわかっていた。

アラン自身が認識しているとおり、彼は剣と属性魔法のいずれにも秀でているが、その道の専門職である騎士や魔導師の頂点には一歩及ばない。

今は伸び悩んでいると感じているようだが、アランの真の強さはそこではないのだ。

アランの固有スキル――『天稟てんぴん』。

それは、この世に存在するありとあらゆるスキルを、低レベルではあるが再現し、行使できるという破格の能力だった。

アランが先ほど要求した特殊なスキルも、恐らくはエリスの『祈り』でさえも、低レベルであれば彼は自力で発動できるはずなのだ。

ゲームのシナリオでは、アランはこの『天稟』の真の力をステラとの冒険の中で自覚し、「全てを統べる万能の王族」としての誇りと自信を得て覚醒することになる。

俺がそれを教えるのは簡単だ。

だが、本来ならそれは主人公であるステラが気付きを与え、二人の間に深い信頼関係を築いていくという重要なストーリーイベントのはずだ。

それを、俺のような脇役がここで伝えてしまってよいのだろうか。

「……姉上、俺はアラン王太子殿下のスキルのことは知らないが、ひょっとしたら、王太子殿下は昔から何でもできてしまう方だったんじゃないか」

「そのとおりよ。こう見えて、とても優秀な方なのよ」

「そういうスキルが存在すると、聞いたことがあるんだ。剣と魔法に限らず、あらゆることができてしまう、神に愛された者が授かるスキルが存在すると。何か……思い当たることはないか?」

「思い当たることは、大いにあるわね。落ち着いてください、アラン王太子殿下」

セレスティアがアランを背後から軽く羽交い絞めにしつつ、穏やかな声で口を開いた。

「幼い頃、私と一緒に誘拐に備えた訓練を受けた時……王太子殿下は、解錠や解毒や解呪を、あっさりこなしていませんでしたか?」

「な……?」

「他のスキルもです。いざという時に隙を見て脱出するための訓練を、王太子殿下は誰よりも早く、簡単に終えていたはずです。必要なスキルは、全て王太子殿下ご自身がお持ちなのでは?」

セレスティアの言葉に、アランは驚いたように目を見開いた。

「それはない。スキル鑑定はここ最近も度々受けているが、俺の鑑定書にそのようなスキルは一つも記載されていなかった」

「でも、一緒に訓練をしたことは、覚えていますね?」

「あ、ああ。まあ、あの時は、貴様とは婚約者だったからな。共に厳しい訓練を乗り越え、切磋琢磨した良い思い出だが……確かにあの時、俺は講師が驚くほど早く、様々な技術を習得した記憶がある」

こちらを見るセレスティアに、俺は深く頷き返した。

「覚えているなら行きましょう。私も行きます」

セレスティアがアランの腕を放し、力強く微笑む。

「アラン王太子殿下は、昔から私よりもずっと優秀で、何でもできました。今回も大丈夫です。私の自慢の弟のレオンも、うまくいくと保証しています。あなたの力で、ステラを助けに行きましょう」

その言葉に、アランの顔に迷いが消え、確かな自信の光が戻った。

「……ああ。そうだな。俺が、ステラを助ける!」

アランは力強く頷き、グラディオンの街の中へと駆け出していった。

セレスティアがその後を追おうとした時、俺は彼女の横に並んだ。

「姉上、俺たちも同行する。この戦場はもう大丈夫だ」

俺が視線を向けると、アランという最大の脅威を解放した王国軍は、エリスの祈りとカティアの指揮のもと、帝国軍を完全に圧倒し、撤退へと追い込みつつあった。

「ええ、行きましょうレオン。エリス様も、しっかりついてきてくださいね」

俺たちはアランの背中を追い、敵の本拠地である城塞都市グラディオンの奥深くへと踏み込んでいった。

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