精神支配と、姉の突撃
出撃の準備は驚くほどの速さで進められた。
王都の練兵場には、短い時間でかき集められた精鋭たちが整列していた。
セレスティアが率いるフェルディナ侯爵家の魔法兵団。
彼らは深紅のローブを纏い、疲弊しているはずなのに主君の出陣とあらば士気は高い。
そして、白い法衣と銀の胸当てを身につけたカティア率いる神官戦士団。
彼女の聖騎士としての声掛けに応じ、義に篤い者たちが集結してくれた。
規模としては決して大軍とは言えないが、グラディオンに駐留する帝国軍の規模なら戦えるだろう。
帝国軍の援軍が来てしまったらおしまいだが、俺たちの目的はあくまで移送を防ぎ、短期間でアランたちを救出することなので、とにかく展開の速さが重要だった。
空は薄暗い雲に覆われ、風が旗を激しく打ち据えている。
「行くぞ。エリス様の祈りが我らを導く!」
カティアの号令と共に、軍勢は王都を出発した。
数日の強行軍の末、帝国領の国境を越え、黒い石材で築かれた無骨な城塞都市グラディオンの姿を視界に捉えた。
「間に合ったようね……移送の準備をしている気配はないわ」
馬上で杖を構えながら、セレスティアが目を細める。
「俺たちの動きは向こうも察知しているはずだ。警戒を怠るな」
俺は死霊術の魔力をいつでも解放できるように意識を集中させた。
小規模ながら精鋭を集めた俺たちの軍勢は、移送を阻止するため、静かに、しかし確実に城塞都市グラディオンを包囲する陣形へと展開していった。
冷たい雨が、グラディオン城塞都市を包囲する俺たちの軍勢を静かに打っていた。
翌日、俺とカティアはエリスを伴い、帝国軍の司令官との会談の場へと赴いた。
天幕の中で向かい合った司令官は、左目に深い傷跡を持つ中年の男――国境の町で帝国の要求を突きつけてきた、あのヴォルフ千人隊長だった。
「ほう、これは奇遇ですね。王女殿下」
ヴォルフは口元に冷酷な笑みを浮かべ、俺たちを一瞥した。
「……ヴォルフ千人隊長。単刀直入に申し上げます。アラン王太子殿下を引き渡していただけませんか。条件として、王国軍はこの包囲を即座に解き、撤退いたします」
エリスの申し出に対し、ヴォルフは鼻で笑った。
「残念ながら、我々も国境の町での失敗を取り返さなければならなくてね。王女殿下の名声は、帝国にも届いていますよ。先日はあの城塞都市ラグナを魔族から解放したとか。素晴らしい戦の才をお持ちだ」
「少し大げさに伝わっているかもしれませんね」
「いえ、こうして改めてお会いして、評判通りのお方だと実感しています。あなたのような方を討ち取れたなら……武人としての誉れでしょうな」
ヴォルフの瞳に、明らかな殺意が宿った。
俺は反射的に死霊術の魔力を高め、カティアは鋭い金属音を立てて剣を半分鞘から引き抜いた。
だが、ヴォルフは余裕の表情のまま、二人を手で制した。
「おっと、早まらないでいただきたい。きちんと戦場で決着をつけるから、安心したまえ。王女殿下を手に入れるためなら、多少の無茶は許されるだろう。人間同士で争っている場合ではないというのは、わかっているが……武人でもない肥え太った貴族に、戦場以外で先を越されては、たまったものではないのでね」
「? それはどういう……?」
ヴォルフは立ち上がり、天幕の出口へと向かいながら、振り返って言った。
「勇ましい王女殿下といえども、肉親相手にどこまで非情になれますかな? 明日の戦い、楽しみにしていますよ」
翌朝、グラディオンの重厚な鉄門が開き、帝国軍が出撃してきた。
雨は昨夜から降り続いており、足元の土は泥濘と化している。
俺たちは陣形を整え、迎え撃つ準備を整えていたが、帝国軍の先頭を歩いてくる者の姿を見て、全軍が息を呑んだ。
「あれは……」
「アラン王太子殿下……!?」
帝国軍の兵士たちを引き連れるようにして先陣を切っていたのは、紛れもなくアラン・アストレアだった。
その瞳の焦点は定まっておらず、まるで操り人形のように虚ろな顔をしている。
だが、その手には王家の宝剣が握られ、全身から放たれる魔力は紛れもなく本物だった。
「精神支配の魔法……! 帝国の連中、王太子殿下を洗脳して兵器として使おうとしているのか!」
カティアが怒りに声を震わせる。
アランは俺たちの軍勢を敵と認識したのか、一切の躊躇いなく大掛かりな炎の属性魔法を放ってきた。
「総員、防御陣形! 王太子殿下には絶対に攻撃を当てるな!」
俺は叫びながら、即座に死霊術を展開した。
「グール・サーヴァント!」
泥濘の中から無数のグールを呼び出し、アランを取り囲むように展開させる。
攻撃力の弱いグールの壁でアランを足止めしつつ周囲の戦闘に巻き込まれないように守り、その隙にカティア率いる神官戦士団とセレスティアの魔法兵団が、後続の帝国軍に攻撃を加える作戦だ。
「エリス様、祈りを!」
「皆様の刃が、真実を穿ちますように!」
エリスの祈りが戦場に満ち、味方の命中率と回避率が飛躍的に上昇する。
だが、戦況は想定以上に厳しかった。
「邪魔だ、醜悪な化け物ども!」
虚ろな声で叫びながら、アランは炎と風の複合魔法を次々と放ち、俺が操るグールたちを容赦なく薙ぎ払っていく。
剣と魔法を高次元で融合させたアランの戦闘力は、まさに王太子の名にふさわしい凄まじさだった。
俺は次々と新たなグールを召喚し続けなければならず、急激に魔力が削られていくのがわかった。
「くそっ、このままじゃ……」
「レオン様、魔力の限界が近いのでは!?」
俺の疲労を見て取ったエリスが、駆け寄ってきた。
「この薬を飲ませて、ごく親しい者が戻ってくるように呼びかけることで、精神支配が解けると、薬を受け取った際の説明で聞きました。私が、お兄様の精神支配を解きに行くので、グールで道を切り開いてください」
「これは……?」
「王家の宝物庫にあった万能薬です。先日の戦果の褒美の一つとして、国王陛下が特別にくださいました。私はまだ、暗殺の危険があるので」
エリスの提案に、俺は記憶の底から「アストレア戦記」のある戦闘マップを思い出していた。
確かに、敵に操られたイベントキャラクターを、うっかり倒さないように接敵して、回復アイテムの使用と説得で正気に戻すシナリオがあった。
エリスの言った方法なら、アランの洗脳は解ける可能性は高いが、全てがゲームと同様とは限らない。
洗脳が解けなかった場合、極めて危険な状況になる。
「確かにその方法は、効果があると思われます。しかし、万が一失敗した場合、エリス様の防御力では……」
エリスの提案を受け入れるか悩んでいると、背中をバシッと叩かれた。
「悩む前に、このお姉様に相談しなさいよ」
振り返ると、泥にまみれたローブを揺らしながら、セレスティアが不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「これでも元婚約者なんだから、あの男とは将来のことまで語り合った親しき仲よ。私がやりに行くわ」
「姉上……しかし、いくら姉上でも、今のアラン王太子殿下の攻撃力は危険です。まともに食らえば……」
「だからって、かわいい義妹に怪我をさせるわけにはいかないでしょ。任せなさい!」
セレスティアは杖を力強く握り締めると、自らに強力な身体強化の魔法をかけた。白銀の髪が魔力によってふわりと舞い上がる。
「レオン、道を空けなさい!」
「……わかった! みんな、並べ!」
俺はアランを囲んでいたグールの軍勢を左右に整列させ、アランとセレスティアが正面からぶつかるように一直線の道を作った。
「誰だ、俺の前に立つのは……!」
グールが引いた先に現れたセレスティアを見て、アランは剣を振りかぶり、極大の雷撃魔法を放ってきた。
「ぐっ……!」
セレスティアは魔法障壁を展開したが、アランの強力な魔法を完全に防ぎ切ることはできず、ローブが焼け焦げ、体に無数の傷を負う。
それでも彼女は一歩も引かず、痛みに顔を歪めながらも猛然とアランへと駆け寄ると、魔力を帯びた杖で思い切り殴りつけた。




