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姉の気持ちと、救出作戦

王座の間を吹き荒れた混乱が少しばかり収まった後、場所は王宮の奥にある円卓の会議室へと移された。

重厚な円卓を囲むように、国王陛下、俺とエリス、アークライト公爵を始めとした主要な貴族たち、そして俺たちの父親であるフェルディナ侯爵が席についている。

フェルディナ侯爵は、白髪交じりの髪を隙なく撫でつけ、鋭い眼光と彫りの深い顔立ちをした威厳ある中年男性だ。

普段から感情を表に出さない厳格な父だが、今はその眉間に深い皺が刻まれていた。

重苦しい沈黙の中、アラン王太子と共にダンジョンへ向かい、命からがら逃げ帰ってきたという若い騎士科の生徒が、震える声で事の顛末を報告した。

「アラン王太子殿下とステラは、数人の学友と共に、魔の森の奥にある国境近くのダンジョンへ、訓練と貴重なアイテムの探索に向かわれました」

生徒は青ざめた顔で両手を固く握りしめている。

「探索の途中で、地上へと続く未知の抜け穴を見つけたのです。ショートカットになるかもしれないと登ってみたところ……出た場所が、帝国の城塞都市グラディオンの敷地近くで……。運悪く帝国軍の巡回部隊に発見され、アラン王太子殿下とステラは、我々を逃がすために自ら囮となって……拘束されてしまいました」

報告を聞きながら、俺は記憶の底を探っていた。

確かにアストレア戦記のステラ主人公シナリオには、帝国領に誤って侵入してしまい、帝国軍の追撃から逃れる緊迫した戦闘マップが存在する。

しかし、ゲームにおいてはそのマップで戦闘に敗れたり、重要キャラクターが捕縛されたりすれば、問答無用でゲームオーバー画面へと移行した。

つまり、アランたちが捕まった後の解決策など、俺のゲーム知識のどこを探しても存在しない。

「解放の条件として提示されたラグナ戦域の割譲など、到底受け入れられるものではない」

国王陛下が苦渋に満ちた声で口を開いた。

「三十年ぶりに多くの血を流して奪還したばかりの土地だ。あそこを渡せば、王国の防衛線は再び崩壊し、聖教会との関係も修復不可能になる。……だが、次期国王であるアランを見捨てるわけにもいかぬ。議論すべきは、アランをどうやって救出するかだ」

円卓の上の広げられた地図を、皆が沈痛な面持ちで見つめている。

アランが捕らえられている城塞都市グラディオンは、国境を越えてすぐの場所にある小規模な砦だ。

問題は、時間が経てばアランたちが帝国の本拠地である帝都へと移送されてしまうことだった。

帝都の地下牢に幽閉されれば、救出のチャンスは完全に潰える。

「一刻も早く、グラディオンへ向かう救出軍を編成せねばならない」

国王はそう言うと、視線をフェルディナ侯爵へと向けた。

「フェルディナ侯爵よ。急な事態で王国軍の本隊を動かすには時間がかかりすぎる。そなたの手元にある精鋭を、貸してはくれまいか」

フェルディナ侯爵は目を伏せ、静かに首を横に振った。

「お言葉ですが、陛下。私が直ちに動かせる手元の戦力は、娘であるセレスティア直属の魔法兵団のみにございます。あの部隊はセレスティアが自ら鍛え上げた私兵のようなもの。たとえ父親である私であっても、彼女自身の許可がなければ動かすことはできません」

国王は息を呑み、そして円卓の末席に控えていたセレスティアへと向き直った。

姉のセレスティアは、長い白銀の髪を静かに揺らし、宝石のような瞳でまっすぐに国王を見つめ返している。

「セレスティア嬢……」

国王は、一国の王であるにも関わらず、深く頭を下げた。

「かつて学園で、アランを心配して忠告してくれたそなたに対し、あやつが一方的に婚約破棄を突きつけたこと、父親として心より詫びよう。どうか、あやつを……アランを救うために、そなたの力を貸してはくれないだろうか」

王座の間での騒動を乗り越えたばかりの貴族たちが、息を詰めてセレスティアの返答を待った。

だが、セレスティアの美しい顔には、冷ややかな感情が張り付いていた。

「……申し訳ないのですが、魔法兵団は領内の魔物討伐で疲弊しており、救出部隊に参加しても足手まといにしかなりません」

事実上の拒絶だった。

学園でのあの決闘演習の後、アランから浴びせられた冷酷な言葉。

婚約を破棄され、フェルディナ家を危地に陥らされた傷が、そう簡単に癒えるはずがない。

「そう、か……」

国王は力なく肩を落とした。

円卓の周囲に控える貴族たちも、皆一様に視線を逸らした。

わざわざ軍事大国である帝国と事を構えたがる余力のある貴族など、この場には一人もいなかった。

重く、冷え切った空気が会議室を支配する。

その時だった。

「移送されてしまったら、どうにもならないのですよね」

静かな、しかし凛とした声が響いた。

椅子から立ち上がったのは、エリスだった。

彼女の目は見えないはずだが、その顔は真っ直ぐに地図が広げられた円卓の中心を向いている。

「私は、騎士たちの中から希望を募って、これからお兄様の救出に向かいます」

細い体躯のどこにそれほどの気迫が宿っているのか、その声には一切の迷いがなかった。

そして、エリスは隣に座る俺のほうへと顔を向け、小さな手を俺の袖にそっと添えた。

「レオン様、勝手な願いとなり申し訳ないのですが、可能なら私と一緒に戦っていただけないでしょうか。レオン様が傍にいてくだされば、勇気を出せると思うのです」

落ち着いた声だが、エリスの手は小さく震えていた。

「ええ、いいですよ。婚約者ですし」

「えっ……」

あっさりと即答した俺に、エリスが驚いたように息を漏らす。

円卓の向こうでは、国王陛下が目を見開き、信じられないものを見るように俺とフェルディナ侯爵を交互に見ていた。

だが、フェルディナ侯爵は腕を組んだまま静かに目を閉じ、一切の表情を崩さない。

家の方針に反していることになるが、止める気は無いようで、その真意は読めなかった。

俺は立ち上がり、今度はセレスティアのほうを向いた。

「姉上。俺の大切な婚約者からのお願いなんだから、姉上も一緒に来てくれ。まさか、将来の義妹が危険な目に遭っても、自分は関係ないと言うのか? 姉上は、そんな冷たい人じゃないよな?」

わざと少し軽い口調で、姉の優しさに訴えかける。

セレスティアはゲームのシナリオ上では悪役令嬢として振る舞っていたが、本当は誰よりも情に厚く、不細工な俺にも優しく接してくれる姉だ。

セレスティアは小さくため息をつき、俺を軽く睨みつけた。

「……いいわよ。行くわよ。エリス様は他人というわけじゃないしね」

「ありがとうございます、セレスティア様……!」

エリスが感極まったように、深々と頭を下げる。

フェルディナ侯爵がゆっくりと目を開いた。

「……国王陛下、よいのですか?」

低く重い声が、国王に向けられた。

「エリス王女殿下が出陣しても。万が一のことがあれば、唯一の直系王族となったアラン王太子殿下を解放する条件は、更に無茶なものになるかもしれません。それこそ、属国化することになりかねませんぞ」

それは、貴族の当主としての極めて冷徹で正当な懸念だった。

だが、エリスは顔を上げ、毅然として言い放った。

「大丈夫です。私は少し前まで、役に立たないスキルを持つ王族とされ、王族としての価値はありませんでした。お兄様に何かあった時の継承は、もともと私の存在は抜きにして考えられています。私に何があっても、王国の今後に支障はありません」

「……王女殿下のご覚悟は、よくわかりました」

フェルディナ侯爵は、その鋭い眼光を俺とセレスティアに向けた。

「レオン、セレスティア。お前たちが自分の軍勢を動かすのなら、私からは何も言うことはできない。ただし、レオンよ。お前が敗北して戻り、また婚約者を探すことになっても、夜会の手回しなど一切しないからな。男として、この戦いに命を懸けろ」

それは、この父なりの激励だったのかもしれない。

俺は軽く肩をすくめて返した。

「言われなくても」

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