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知性ある魔族と、三十年ぶりの奪還

「……ひ弱な人間どもが、よくぞここまでたどり着いたものだ」

城塞都市の門の前で待ち構えていた魔族の姿に、全軍が息を呑んだ。

六本の腕に大きな剣を握った、持つ巨大な体躯の鬼。

大理石のように透き通る青白い肌に、知性と冷酷さを宿した黄金の双眸。

知性の欠片もない獣のような『魔物』ではなく、流麗な言葉を操っている。

俺たちが初めて明確に相対する、高知能の人型魔族だった。

「我は魔将アシュラグラ。久々に人間を切り刻む楽しみを与えてくれたお前たちに、感謝しよう」

「出迎えありがとう、アシュラグラ殿。俺は王国軍臨時参謀、レオン・フェルディナだ。随分長い間この城塞都市を使用してもらっていたようだが、我々人間の城塞都市の居心地はお気に召しただろうか。もしよかったら、我々の建築技術をお伝えするので、今後は友好関係を築いていかないか?」

「人間どものために作られた建築物が、魔物に使い勝手がよいわけなかろう。一度人間がこの手の建物に籠ると引きずり出すのが面倒だから、ここに居ただけだ」

アシュラグラが冷たく笑うと、彼の背後から数十体もの屈強な魔物たちが姿を現した。

なるほど、人型魔族は少数で、魔物が戦力の大半らしい。

今の会話で、人型魔族が指示を出しても、魔物は籠城戦まではできないとわかった。

正直ほっとした。

「怯むな! 敵が何であれ、これまで通り、落ち着いて片付けるぞ!」

総兵長の号令とともに、戦場にエリスの『祈り』が満ちる。

「放て! ジャッジメント!!」

神官戦士たちが一斉に放った必殺の光の杭が、魔物たちの脳天を正確に貫く。

悲鳴を上げる間もなく、アシュラグラの配下たちは次々と光に包まれ、塵となって消滅した。

「ふむ。神罰か。これも久々に見たな」

しかし、アシュラグラ自身は何事もなかったかのように、悠然とこちらに歩み寄ってきた。

「なっ……ジャッジメントが効かない!?」

「当たり前だ。神の力など小さなもの。気高き魔族の肉体に通用するわけがない」

魔族でも即死魔法が効く敵はいる。

アシュラグラは、ゲームで言ういわゆるボスキャラだから、効果がないということだろう。

カティアが風のように踏み込み、渾身の力を込めて剣を振り下ろすが、硬質な音を立てて剣は弾かれた。

「無駄だ。我が肉体は、いかなる攻撃も魔法も通さない。人間の力では我に傷一つ負わせることはできんよ。さあ、次は私の番だ」

アシュラグラが、剣を握った六本の腕を、ゆっくりと上下させる。

俺がサルコフの肉の鎧を展開してアシュラグラの前に立ちはだかると、次の瞬間六回の連撃が叩き込まれたが、肉の鎧はどうにか攻撃を防ぎ切った。

目の前のアシュラグラの体の、先ほどカティアが切りつけた部位に、小さな傷がついているのが見えた。

「なんだ、ちゃんと聖騎士の攻撃が効いているじゃないか」

「この程度の傷、百回や二百回受けたところで何でもないわ」

「百回や二百回受けて無事でも、千回ならどうだ?」

「できもしないことを……! 不快な男め! 切り刻んでくれる!!」

再度六連撃が叩き込まれる。

どうやら完全に俺にヘイトが向いたようだった。

「エリス様、アイシャ、俺もいつまで防ぎきれるかわからない! こいつにダメージを与えられる兵士にアクセルを重ねてかけて、攻撃を繰り返してくれ! 敵は傷を負っている!! 当て続ければ必ず倒せる!!」

後方に控えていたエリス様、カティア、そしてアイシャ率いる亜魔族の戦士たちがいっせいに詠唱を開始した。

アクセルは単体支援魔法だが、最初にアクセルを使える術者にかけて数倍の速度での行使を可能とすることで、瞬く間にカティアと総兵長をはじめとした主戦力にアクセルをかけ終わる。

俺がアシュラグラの三回目の攻撃を受けた時には、アシュラグラは数十人の兵士から数百回の攻撃を受けて、その体には無数の小さな傷がついていた。

「な、何だこの速度は……!?」

アシュラグラの黄金の瞳が驚愕に見開かれた。

アシュラグラが次の一撃を放とうと、再び刃を振りかぶる。

だが、その『一回の行動』が終わるよりも遥かに速く、加速されたカティアの剣が、総兵長と神官兵士長たちの剣と魔法が、エリスの『祈り』の補正を受けて、寸分の狂いもなくアシュラグラの急所に集中砲火を浴びせた。

慌てたアシュラグラが身を引く一挙動の間に、またおびただしい数の連撃が叩き込まれる。

「くそ……人間どもが……!!」

周囲に展開した神官兵士たちに、アシュラグラが目を向けた。

「総兵長殿! 俺が倒れたら撤退できるようにしてください! そろそろ厳しいかもしれないので……!」

「レオン・フェルディナ! 貴様さえ倒せば!!」

俺の叫びに、アシュラグラは神官兵士たちに向けた目を再びこちらに向けてくれる。

強烈な連撃にサルコフの強靭な肉体が刻まれ、はじけ飛んだ。

こんな攻撃を兵士たちが受けたら、即死だろう。

俺も余裕があるとは言えない状況だが、兵士たちの犠牲は可能な限り少なくしたかった。

そうやってアシュラグラの攻撃を誘い、何度かの連撃に耐えているうちに、ついにアシュラグラは膝をついた。

「ば、馬鹿な……我が肉体が……!」

魔将は数千の斬撃と魔法の光を受けて、無数の傷から血を流して倒れ伏した。

こうして人類は、魔族に奪われていた要衝の城塞都市を三十年ぶりに奪還することに成功した。


奪還した城塞都市の城壁から、俺はアイシャと二人、荒野の地平線に沈んでいく赤い夕日を眺めていた。

乾いた風が吹き抜け、アイシャの銀髪を揺らす。

「これからこの地方は、王国領として統治される。そうなると、聖教会の力もかつてのように強くなるだろう」

俺は夕日を見つめたまま、アイシャに問いかけた。

「アイシャたちは……もしよかったら俺の実家の領地に来るか? 返しきれない恩ができたし、自由に暮らしてくれていいぞ」

このまま彼らがここに残れば、再び聖教会の異端狩りの標的になりかねない。

フェルディナ侯爵家の領地であれば、ある程度俺の庇護下に置くことができるはずだ。

だが、アイシャは首を横に振った。

「私たちは、ご先祖様と、代々暮らしてきたこの土地を大切に思ってる。だから、ここを離れることはない」

「そうか……」

俺が少し肩を落とすと、アイシャは心配させないように気遣ってくれたのか、明るい声を出した。

「大丈夫。聖教会は信じられないけど、エリスは信じてる」

「そうだな。エリスは本当に優しいから、亜魔族を守ってくれる。俺も絶対に守るよ」

俺の言葉に、アイシャは微かに笑った。

「優しいというか、エリスは強いから」

「強い?」

「あの時……神官戦士たちがミスティアで豊かになった土地に生えた野菜を食べずにいた時、エリスは私にだけ聞こえるくらいの小さい声で、『この野菜が、亡き人からの贈り物だって、皆様が信じてくださればいいのに』って呟いたの」

「え……?」

俺は目を丸くした。

アイシャはいたずらっぽく微笑む。

「その直後に、いつもこんなに土地が豊かになるのかと聞かれたから、今回は特にすごいって言ったの。本当はいつでもあんな感じになる魔法だけど、みんなが食べたくなるように答えた」

「嘘をついたのか!?」

思わず声を張り上げると、アイシャは肩をすくめた。

「私の主観だといつもより少しすごい気がしたから、嘘とも言い切れない。とにかく、エリスは強い。みんなを救うためなら何でもする。だから、エリスになら忠誠を誓ってもいい」

俺はエリスのその機転――いや、目的のためなら手段を選ばない強かさに、思わず天を仰いだ。

神官戦士団の心を動かしたのは、偶然の美談などではなかった。

エリスが状況を読み切り、彼らが教義の縛りを解くための大義名分を、アイシャを使って用意したのだ。

なんて恐ろしくて、そして頼もしい王女だろうか。

「そうだな……俺もそう思うよ」

俺が納得して頷くと、アイシャはジト目でこちらを見上げた。

「レオンはみんなを救うためじゃなくて、エリスのために色々やってるだけだから、尊敬はできないし忠誠は誓わないけど、応援する」

痛いところを突かれ、俺は苦笑いするしかなかった。

「応援してもらえるだけで十分だ。これからもよろしく頼む」

沈みゆく夕日が、俺たちの影を城壁の石畳に長く伸ばしていた。

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