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絶望の最前線と、禁断のグール農法

前線までの道のりは、厳しいものだった。

王都から離れるにつれて、街道の整備の遅れは明らかなものになり、荷車の車輪が何度も泥にはまった。

人の行き来がなくなって久しいのか、沿道の宿場町も活気を失っている。

「財政難というのは、聞いてはいましたが……実際に見るまで、恥ずかしながらわかっていませんでした」

馬車の中でエリスが口を開いた。

「確かに財政難は荒廃の理由の一つですが、ここ数年、魔族の補給線への攻撃が巧みになっています。物資が届かなければ、道の整備をする余裕も人手もありません」

「魔族は、知性を持った種族なのですね」

「はい。魔物を率いて、的確に補給線を叩いてくる。別の補給路を確保しようとすると、先回りして魔物を放つ。場当たり的な動きじゃなく、きちんと考えています。ゲーム……いや、聞いた話では、魔法の扱いも相当なものらしいです」

「レオン様は、相手のことをよくご存じですね」

「聞きかじった話が多いだけです。実際に見るまで、わかったつもりになるのは禁物だと思っています」


前線の砦に着いたのは、出発から一週間後のことだった。

砦の外壁は、修繕された跡と崩れかけた箇所が痛々しく混在している。

急ごしらえで石を積み上げて塞いだ穴が方々にあり、どれほど苛烈な防衛戦が繰り返されてきたかが見て取れた。

門をくぐると、強烈な異臭が鼻を突いた。

「これは……」

歴戦の神官戦士であるカティアでさえ、たまらず顔をしかめて口元を布で覆う。

病に倒れたままの者たちの発する臭い。

そして人手不足で放置された戦死者の遺体が放つ腐敗臭が混ざり合った、死そのものの臭いだった。

蔓延する疫病を防ぐために焚かれている薬草の煙が、事態の深刻さを浮き彫りにしている。

視線を向ければ、広場の隅のむしろの上に、熱病に浮かされ苦悶のうめき声を上げる兵士たちが無数に転がされていた。

かろうじて立っている兵士たちも、まるで生きた幽霊のようで、頬はこけ落ち、うつろな目には光がない。

俺たちを案内してくれた兵士長は、白髪交じりで目の下に濃い隈を作った三十代半ばの男に見えたが、過労と飢え、そして部下を病で次々と失う絶望から老け込んでしまっただけで、実際はまだ二十代後半なのだと後で聞いた。

「食料の備蓄は、あと二週間分ほどです。補給の目途は……正直なところ、立っておりません」

「魔物の肉は?」

「ご存じの通り毒があり、食べられません」

確かゲームでは、仲間のドラゴンを売り払ったら翌ターンにアイテムショップにドラゴン肉のステーキが出た。

他にもステータスが上昇する肉系のアイテムになる魔物は、何種類かいたはずだ。

「少し調べたいことがある。この砦の周辺に出没する魔物の記録は残っているか?」

記録は残っていた。

几帳面な書記がいたのか、討伐した魔物の種類と数が細かく書き留められている。

俺はそれをランタンの明かりの下で読み込み、アストレア戦記の記憶を掘り起こしながら、食べられる可能性のあるものを絞り込んだ。

翌朝から、俺は兵士の中で胆力のある志願者を募り、魔物の肉の毒性を調べる作業を始めた。

全員に少量ずつ試食させ、経過を細かく記録し、無毒と判明したものが七種類出た。

「これとこれとこれは食べられる。調理法さえ間違えなければ大丈夫だ」

隊長に報告すると、彼は信じられないという顔をした。

「本当に……?」

「念のため、俺も全部食べた。生きてるし、ステータスアップ……いや、少し力が強くなった気がするぞ」

「……わかりました。調理担当に伝えます」

これで肉はある程度確保できるが、穀物や野菜が手に入らないという問題が残っていた。

砦の周囲の土地は荒れていた。

もともと枯れた土地ではあったが、魔族との長年の戦いで、草も生えないくらいに荒れ果てていた。

豊穣神の神官が砦に数人派遣されていて、彼女たちの持つ『豊穣の願い』のスキルは作物を高速で育てることが可能だが、土地に養分がなければ効果を発揮しない。

かつて野菜を育てていたのだろう、砦のはずれにある畑の跡地には畝の形だけが残って、地面を踏むと乾いた砂のように崩れた。

「厳しそうだな」

カティアが腕を組んで眺めている。

「俺に一つ考えがある」

「聞かせてくれ」

「カティア殿は、嫌になる可能性が高いぞ」

「そこまで言われると、聞かないわけにはいかない」

俺は砦の中に戻り、隊長を含めた幹部の兵士たちと、神官戦士団の高位の者たちを集めてもらった。

豊穣神の神官も呼んだ。

まだ若い女性で、頬がこけているが、目には真剣な輝きを保っている。

俺はそこで、新しい農法の説明をした。

放置されている戦死者の遺体をグール化し、砦の裏手まで歩かせて、自ら穴を掘らせて開墾する。

そのグールたちに穴へ寝転んでもらい、別のグールに土をかけて埋葬してもらい、そのまま眠りについて肥料になる。

土地に養分が戻れば『豊穣の願い』で作物を育てられるし、疫病の原因となる死体の処理も兼ねている。

「一石二鳥。名付けて、グール農法だ」

しばらく沈黙があった。

非常に長い沈黙だった。

最初に口を開いたのは、神官戦士団の最高位にある老齢の神官戦士総兵長だった。

白い眉毛が、怒りで微かに震えている。

「死者の遺体を冒涜するような真似を、聖教会の神官の前で提案するとは。正気ですか、フェルディナ殿」

「死体を放置すれば疫病の原因になります。実際、既に何割かの兵士は熱病のため戦場に出られず隔離されている状況です。埋葬して土に還すことの、何が冒涜なのでしょうか」

「グールとして使役することが問題なのです。至聖神の御前で、死者の安らぎを妨げることは許されません」

「彼らは聖教会の方々の手で、正式に弔ってもらいましたか」

「正式な弔いができていないことと、グールとして使役することは、別の問題です」

議論は平行線をたどった。

俺は一旦引いて、一般の兵士たちだけに意見を聞いた。

「怖いとは思う。でも、食料がなければどの道死ぬ」

「俺は構わないです。仲間の遺体が放置されているより、役に立つ方が……亡くなった奴らも、そっちを望むんじゃないかと思う」

一般の兵士たちには、反対意見は少なかった。

神官戦士たちはさすが聖教会所属ということで、全員が反対の論調だった。

結局結論は出なかったが、翌朝、カティアが早起きをして俺の部屋を訪ねてきた。

「レオン様、提案があるんだ」

「どうしたんだ?」

「私は聖騎士に昇任したことで、あの神官戦士総兵長とは同格……この砦にいる聖教会信徒の中では最も階級の高い一人となっている」

「普段一緒にいるせいで忘れがちだが、カティア殿は実は偉い人だったのか……」

「それなりに、という程度だ。しかし、聖教会においては、階級の高い者の教義の解釈に従って階級の低い者が行動した場合、多少の間違いがあっても階級の低い者は許される。ちょっとした免罪符になるわけだ」

カティアはいつでも真剣だが、この時の瞳はいつも以上に真剣だった。

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