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奇跡の力と、最前線への出立

王都の重厚な空気が、肌をひりつかせた。

冷え切った空気が支配する王座の間で、壁際に控える貴族たちの視線が容赦なく突き刺さってくる。

彼らの瞳に浮かぶのは、隠そうともしない嫌悪と嘲笑。

この場にいる誰一人として、俺のような異形の存在が神聖なる王宮の中枢に立ち入ることを歓迎してはいない。

だが、それでも今は報告の義務があった。

「……以上が、国境の町における防衛戦の顛末でございます。エリス王女殿下が行使された『祈り』の力により、投擲武器の命中率が飛躍的に向上し、結果として数百に及ぶ魔物の軍勢を退けることに成功いたしました」

「ふむ……。国境の町での勝利、大儀であった」

玉座に腰掛ける国王陛下が、疲労を滲ませた低い声で頷く。

しかし、その言葉が王座の間に響き渡り終わるよりも早く、階段の下に控えていた男が一歩前に進み出た。

年齢を感じさせない引き締まった体躯を黒塗りの礼服に包み、鷹のように鋭利な視線で他者を射抜く壮年の貴族――アークライト公爵だ。

「お待ちください、陛下。エリス王女殿下が、数百の魔物を退けるほどの戦女神のごとき力を発揮したと? にわかには信じ難い戯言ですな」

公爵の低くよく通る声が、冷ややかな空気をさらに凍りつかせる。

「偶然、住民たちが投げた欠陥兵器のいくつかが当たり、それに恐れをなした魔物どもが勝手に自滅したか、あるいは帝国軍の気配に気づいて逃げ散っただけでしょう。それをあたかも、自分の手柄にしたいがための見え透いた嘘ではないのか?」

周囲の家臣たちから、同調するような囁きがさざ波のように広がる。

誰もが、盲目の王女にそれほどの力があるとは信じておらず、むしろ俺が彼女をいいように操っているのだと疑っている空気が蔓延していた。

「嘘ではありません。エリス様の祈りの力がなければ、あの魔物の大群を無傷で凌ぎ切ることなど絶対に不可能でした。それは、同行した姉のセレスティア侯爵令嬢や、教会の神官戦士であるカティア殿も確かに目撃しております」

「黙れ、異形の男め。陛下、この男は聖霊の巫女の儀式を回避させるために、王女殿下に過分な評価を与え、自分の思い通りに動かしたいという汚い欲望の塊なのです。見なさい、あの顔を。邪悪な企みを抱いているとしか思えないあの醜悪な容貌を」

俺が反論しようとしたその時、列の奥から重厚な足音が響いた。

「証拠なら、ここにございます」

進み出たのは、恰幅の良い体に仕立ての良い濃緑色の礼服を着こなした初老の貴族、ミルフォード伯爵だった。

シャルロッテの父親であり、あの国境の町を治める領主である。

伯爵は玉座の前に進み出ると、恭しく深く頭を下げた。

「陛下、ならびに公爵閣下。我が領地の辺境において、数日前に数百の魔物による大規模な襲撃があったことは、現地の報告からも間違いのない事実にございます。そして、私の愚かな娘を含め、恐怖に怯えていた住民たちが一丸となって崖から魔晶爆弾を投げ続けることができたのは、ひとえにエリス王女殿下の放つ神々しい光と、レオン・フェルディナ侯爵令息の捨て身の囮作戦があったからこそだと、多くの領民が口を揃えて証言しております」

娘のシャルロッテが外患誘致の疑いをかけられながらも、エリスの温情と政治的判断によって死罪を免れたことは、俺たちと王家以外には知られていない。

恩義に報いるためか、立場を守るためか、伯爵の表情は真剣そのもので、その言葉は重かった。

「ふん……領民は恐怖で幻覚でも見たのだろう」

なおも食い下がる公爵の言葉を遮るように、王座の間の重厚な木製の大扉が、ゆっくりと、しかし力強い音を立てて開かれた。

「幻覚などではありません」

凛と響き渡る声と共に王座の間に入ってきたのは、カティアだった。

聖騎士の白い正装に身を包み、その隣には白髪の老人が立っている。

豊かなひげを胸元まで垂らし、金糸の刺繍が施された礼服を纏った、聖教会の大司教だ。

「聖騎士カティアが、大司教猊下をご案内申し上げます」

カティアは凛とした声で告げ、そのまま口を引き結んだ。

ミルフォード伯爵領での活躍が認められ、先日聖騎士に昇任した彼女の、初めて見る正装姿は、いつもの快活さをそのまま威儀に変えたようで、見違えるほど堂々としていた。

大司教が一歩前に出た。

「聖教会の公式声明として、エリス王女殿下の御力が今回の防衛戦において発揮され、住民たちの命を救ったことを認定いたします。殿下の『祈り』のスキルは、神より賜りし真の御力でございます」

王座の間が静まり返った。

アークライト公爵は、ゆっくりと大司教の方へ視線を向けた。

しばらく沈黙が続き、やがて彼は低い声で言った。

「……教会がそこまで仰るなら、認めないわけにはいかない」

エリスがそっと頭を下げる。

だが話はそこで終わらず、アークライト公爵は続けた。

「しかし、大司教殿。それは我が国にとって実に喜ばしい知らせだ。エリス王女殿下という強力な神の加護が証明された以上、聖教会には更なる対魔族戦での貢献を期待してもよろしいのでしょうな?」

「……なに?」

「現状、王国軍の対魔族前線は膠着状態にあり、我がアークライトが派遣している兵たちも、度重なる魔族の襲撃で疲弊しきっております。ですが、教会の神官戦士団が、当然その穴を埋めてくださるのだと信じておりますよ。なんと言っても、エリス王女殿下という神の恩寵が共にあるのですからな。教会の総力を挙げて前線を支えていただけるということで、よろしいですな?」

公爵の放った言葉は、己の勢力が削られることを嫌った露骨な圧力であり、同時に対抗勢力である教会への牽制だった。

大司教の顔に、かすかな狼狽が浮かんだ。

「……この件は、持ち帰って検討させていただきたい」

「なぜです、大司教殿。神より賜りし真の御力があれば、恐れるものはないでしょう」

「それは……まだ早計だったかもしれぬ」

「ほう。大司教殿の勘違いでしたかな?」

カティアが静かに口を開いた。

「猊下。先ほど、聖教会の公式声明として認定すると仰いました。その言葉をお取り消しになるのですか」

「カティア、出過ぎた真似を……」

「聖騎士として確認させていただきます。エリス王女殿下の御力は、神より賜りし真の御力です。聖教会はそれを認める。これに変わりはありませんね」

大司教は口を開きかけて、閉じた。

「……聖騎士カティア」

「はい」

「貴女の独断で私をここへ連れてきたこと、帰還の後で正式に処分を検討します」

カティアの顔色が変わる。

俺はたまらず、声を上げた。

「お待ちください、大司教猊下。教会の貢献が必要であり、前線の状況が芳しくないのであれば、私とエリス王女殿下が前線に赴き、その膠着状態を打開して見せましょう」

「レオン様……」

エリスが俺の腕にそっと触れる。

俺は彼女の小さな手を優しく握り返し、言葉を続けた。

「カティア殿の報告は真実です。彼女は数多くの魔物を葬り、住民を守り、教会の名誉を高めようとした優秀な聖騎士です。彼女を罰する必要などどこにもありません。俺たちが前線で結果を出せば、公爵閣下も大司教猊下も、ご納得いただけるはずです」

王座の間が再び静まった。

「……エリス、レオン・フェルディナ侯爵令息、そして聖騎士カティアよ。前線での戦いを命じる。お前たちの力を示してみよ」

国王陛下の言葉で、俺たちはカティアの立場を守るため、そしてエリスの力を完全に認めさせるために、王国でも過酷と言われる前線基地へと向かうことになったのだ。

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